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すぅぱぁ・ほろう(3)

普通の人が初めて頭部の無い人間を見たら、叫んだりその場から逃げ出したりするのだろうか。
例えば、同じアルバイトの佐々木が、突然僕が見ているのと同じしおり・クヒナを見たらどうなるだろう。
最初は冗談だと思うかも知れない。
でも、その真実を知ったのなら、棚に並べようとしている商品をぶちまけて一目散に逃げだすのではないか。
それが普通の人の反応だと思う。
僕が、しおり・クヒナを初めて見た時にそうしなかったのは、そのようなモノを見るのが初めてでは無かったからだった。

最近でも年に2,3度は得体の知れないモノを見る。
子供の頃は怖がるよりも、そういうモノもいるのだろうと思って生活してきた。
しかし、僕の言動が少しおかしい事に気づいた両親から心配されるようになった。
何度か病院にも連れていかれた事もある。
だが、生憎そういうモノを認める医者は周りにいなかったので「子供の頃は見えないモノが見えたりするものだ」という一言で片づけられた。
最初は「だって見えるもん」と反論していたが、その度に両親が悲しい顔をするものだから、見ても何も言わないでおけば良いのだと学んだ。
小学校高学年になって心理学の本に出合った頃から、自分は幻覚を見ているのだと信じようとした。
しかし、他の人より見慣れているとはいえ、得体の知れないモノに反応しないようにするのはとても辛い事だった。
そんな僕だから、しおり・クヒナを見た時に逃げ出さずにいられたのかも知れない。
ただ、今まで一度も経験が無かったのは向こうからコミュニケーションをとってきた事だ。
(あ、そういえば中学生の頃に一度、道をたずねられた事があったな)
とにかく、しおり・クヒナは僕にとっても奇異な存在だった事には間違い無い。

「遅れてごめーん」
真っ暗闇の中から、しおり・クヒナが走ってきた。
彼女に明かりは必要無いのだろうか。
待ち合わせの公園に置かれた時計は、22時20分を指していた。
「僕、宿題があるので早く帰りたいんですが」
「ごめん、ごめん」
もし、この光景を誰かに見られたらカップルの待ち合わせだと思われるのだろうか。
同じアルバイトの佐々木が見たら、嫉妬するかも知れない。
「ごめんね。今日は一か所だけにしておくから」
そして二人は、近くに停めてあったしおり・クヒナの軽自動車に乗り込む。
エンジンをかけると、いつものユーロビートが流れた。
最初は走り屋なのかと思ったが運転はいたって普通だった。
それから10分ほど運転して南浄山駅に着いた。
「さて、今日はここにするわよ」
駅前のロータリーに停車する。
僕はいつものように駅に出入りする人達を眺め始めた。
「よく見てね」
「わかってますって」
暫くすると急行電車が入ってきた。
電車からどんどん人が降りてくる。
そして、ぞくぞくと改札口から現れた。
僕はその中の一人にとても違和感を感じた。
「あの人。あのちょっとグレーっぽいスーツを着た男の人」
「どれどれ」
しおり・クヒナは、その人をよく見えるようと少し腰を浮かして身をのりだした。
「首が折れて顔面血だらけです。それに右腕が途中で千切れてます」
「なるほど」
「あとは…右足もズタズタになっているようです」
「じゃ写真とってくれる?なるべく寄り気味で撮ってね」
そう言って、しおり・クヒナはいつものカメラを手渡してきた。
僕はカメラを構えて、歩いているその人にズームして写真を3枚撮った。
こんな写真をいったい何に使うのだろう。
プレビューで見ると、いたって普通のサラリーマンだった。
一昨日の撮影後に、こっそりカメラと自分のスマホをBluetoothでペアリングしておいた。
なんとなく気になったので、撮った写真を1枚転送した。
まだ、しおり・クヒナは身をのり出して見ようとしている。
「なんでしおりさんは、見えないんですか?」
しおり・クヒナにぽんとカメラを返す。
ちょっと失礼な事を聞いたかもしれない。
でも、遅刻されたので文句の一つも言いたい気分だった。
「あはは。私はほら、近視だから」
とても納得のいかない答えだ。
でも追及するつもりは無かった。
「他にいないわね?」
「そうですね。あの人だけのようです」
「わかったわ。もう23時30分になるし引き上げましょう」
車はゆっくりと動き出した。
相変わらずユーロビートが流れている。
そして10分後に、僕はさっきの公園の前で降ろされた。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「大丈夫です」
「じゃあ、また明日。バイトよろしくね」
ブーン、と車は走っていった。
僕は小走りで家路を急いだ。
それにしても、しおり・クヒナは写真を何に使うのだろう。

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