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すぅぱぁ・ほろう(1)

ぎょっとした。
部屋に入ってきたその人には首から上が無かったのだ。
【スーパー・サンライト】というネーミング入りの縦じまの仕事着を着て、クリップボードを小脇にかかえ、そろりと入ってきた。
足音もたてずに歩いてきて、対面のパイプイスに座り、トンっとクリップボードをテーブルに置いた。
「あなたが、バイト希望の方ですね」
その人は、右手に持ったペンでクリップボードをなぞる様に動かしながら聞いてきた。
クリップボードには、見覚えのある紙が挟んであった。
「どうかしましたか?」
右手のペンの動きが止まった。
確かに、面接官が目の前に現れたのに、座ったままでは失礼だ。
「は、はい!滝山みのると言います!よろしくお願いします!」
なるべく、(たぶん目があるだろうところと)視線を合わせないように、勢いよく立ち上がった。
「元気が良いですね」
また右手のペンでクリップボードをなぞり始めた。
そして、そこに頭があったであろう場所でスッと左手で何かをかきあげる仕草をした。
「元気だけがとりえです!」
「はい、どうぞ腰掛けてください」
「ありがとうございます!」
ガタ!っと音を立てて座ってしまった。
勢いよく立ち上がったせいか、足のどこかの筋がつった感じになっていたので、膝からカクンと崩れ落ちてしまったのだ。
「緊張してますか?」
ペンでクリップボードをなぞりながらその人は言った。
たぶん、こちらの方は見ていないようだった。
「は、はい!」
「浄山北高校の1年生なんですね。学校は楽しいですか?」
「はい!」
「そうですか。志望動機はお小遣いを稼ぐため?」
「はい、そうです!」
「高校生なんだし、いろいろ欲しいモノもあるでしょうね」
「はい!」
「本当に元気が良いですね。それと、私に頭が無いのが気になりますか?」
「はい!」
「そうですか」
「え?」
その人のペンの動きが止まった。
たぶん、こちらをまっすぐ見ているんだろう。
部屋の温度が20度ぐらい一気に下がったような気がした。
そして、ペンを置き、ゆっくりと両手を胸の前で組んで、肘をテーブルについた。
「私の頭が見ていませんね?」
とてもまっすぐに見れない。
「えーと、何の話でしょう?」
下手な作り笑いだった。
「嘘はいけませんよ。私に頭が無いのがわかりますね?」
「…」
これから自分はどうなるのだろうか。
恐怖で頭の中がぐるぐるしている。
「やっぱり。どうやらあなたには魔法が効かないみたいね」
「…」
返事をしなければ同じ様にされてしまうのだろうか。
「でも、まさかわかっちゃう人がまた現れるとは思わなかったわ。あなた、ご先祖にお坊さんはいなかった?」
「…いえ。あ、わかりません」
精一杯の気力で答えた。
「お父さんは何をしているの?」
「父は町役場で働いています」
「お祖父さんは?」
「祖父も同じでした」
その人は、ペンでクリップボードをトントンと小さく叩いた。
「そう。ちなみに、浄山さんって聞いた事がある?」
「浄山さん、ですか?。あ、浄山上人はこの土地の開拓した一人と小学校の授業で習いました。そういえば…、父親から先祖は浄山上人と聞いたことがあるような」
「うんうんなるほど。だからあなたにも魔法が効かないのね」
「は?」
「浄山さんはわたしの大恩人よ。わたしがこの村の浜、ああ今の浄山浜ね。そこに流れ着いたのを助けてくれたの。とても懐かしいなぁ」
その人はペンを持ち直して、くるくる器用に回しながら話し始めた。
「普通の人には魔法でちゃんと頭も顔もあるように見えるのよ。あなたは特別な体質を受け継いでいるみたいだから無いのがわかっちゃうけど。どう?怖かった?」
「…はぁ、まぁ」
「うふふ、そうね。頭の無い人に出会う経験なんて普通ではありえないものね」
ペン回しが少し速く軽やかになった気がした。
「懐かしいわねぇ。これも浄山さんが言っていた“縁”というものなのかしら」
すこし間があった。
昔の事でも思い出しているのだろうか。
「あらためまして。わたしはこのスーパーの店長代理をしている、しおり・クヒナです。滝山みのる君、あなたを採用します。明日から入れるわね?」
「あ…、はい。よろしく、よろしくお願いします」
「頑張ってね」
その人はたぶん、笑顔なのだろうと感じた。
何故だかわからないが、しおり・クヒナと名乗ったその人を、良い人だと思ってしまった。

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