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すぅぱぁ・ほろう(8)

自宅から嶺前塚までは自転車でだいたい20分程の距離だ。
バイクでは10分もかからず着いてしまうだろうから、持つ物も財布ぐらいですぐに出かけた。
自転車に跨ってそれほど経たないうちに後ろからバイクが追い越していった。
神川とおるが左手で「バイバイ」と合図を寄越す。
こっちはまだ覚悟をし兼ねているというのに呑気なものだ。

外はどんよりした曇り空だった。
幼い頃に父と一緒に観た「スタンド・バイ・ミー」の曲が頭の中で流れている。
まさかとは思うが、もし嶺前塚で首やら人骨やらを見つけてしまったら、寺の息子としてどうするつもりなのだろう?と、ふと思う。
先ず、行動を起こす早さが彼の良い所でもあるのだが。

嶺前塚に行くには、町を横断するように流れている千川を渡って南地区へ行かなければならない。
そこでまずは千川大橋を渡る。
渡ったら、しばらく千川の川沿いを東の方向へ走っていくと南浄山駅があり、駅前の商店街を通ってそこを抜けると国道に出る。
ちなみに、バイト先のスーパー・サンライトはその国道をもう少し南に行った沿いにあった。
国道を横断して住宅街を通って更に東に向かうと、いつも残業まで暇を潰している公園があり、その公園を横目に南東へ行くと御滝川の堤防にぶつかる。
その川沿いをしばらく南下すると嶺前塚が見えてくる。
嶺前塚は御滝川の土手から数メートル離れたところにあった。
こんもりと少しだけ高くなっていていて、その上に小さなお堂がある。

僕が着いた頃には、既に神川とおるは嶺前塚に登っていてお堂の中を覗き込んでいた。
かなり飛ばしてきたので予定より3,4分は早かったとは思う。
息を切らしながら、お堂がある高さまで階段を登っていく。
ちゃんと見に来たのは初めてかもしれない。
「すまん、待たせた。何かあったか?」
「お堂には何もない。むしろ何も無さすぎるな」
神川とおるは難しそうな顔をして答えた。
「でも、いっぱい字が書いてあるじゃないか。読めないけど」
「ん?字なんて何処にも書いてないぞ」
怪訝な顔をして僕の顔を見た。
「いやだって、ほら、ここら辺なんかびっしり書いてあるじゃないか」
そこを指さす。
彼は指さしたところに顔を近づけた。
「お前、冗談言っているんじゃないよな?」
「冗談なんて…」
彼の反応からして嘘をついている様には見えない。
まさか僕にしか見えていないのか。
「そうか…、他には何か気になる所はないか?」
僕はお堂の周りをゆっくり回ってみた。
するとお堂の裏手の土の中から何かぼんやりした光を感じた。
「ここに何かありそう」
そう言って指さす。
神川とおるがそこにしゃがみこんで土を触った。
「これは…うまく隠されているが、最近掘られた跡があるな」
しばらく彼は土を探っていたが、急にすくっと立ち上がった。
そして嶺前塚から降りて行くと、バイクに戻ってカバンから小さいシャベルを取り出し持ってきた。
「掘ってみる」
「マジか」
「大丈夫だって。死体が出てきたらうちの寺で経でもあげるさ」
本当に、まさかとは思う事をする奴だと思った。

少し掘ったところで何か固いものがあった。
石の蓋だった。
これは浄山上人が書き記した石箱なのだろう。
もう少し掘り進んでいくと石の蓋が完全にあらわになった。
だが、おかしい事に気づいた。
蓋がちょっとだけズレている。
やはり、誰かが荒らした後なのか。

「開けるぞ、いいか?」
神川とおるが言った。
蓋を開けたとたんに生首が襲ってはきやしないか、と身震いした。
「いくぞ」
彼の合図で一緒に蓋を持ち上げる。
とても重くぶ厚い蓋だった。
力いっぱい引き上げてどかっと横にどける。
「なんだこれ?」
神川とおるが声を上げた。
その石箱の中には何も無かったのだ。
「首は!?」
思わず“首”という言葉を言ってしまった。
あるはずだと信じていたものが無くなっていたのだ。
紙切れ一枚すら入っていない。
二人はしばらく何も入っていなかった石箱を見回した。
何でも良いので手掛かりになる物が欲しかった。
「何か、呪文のようなものが貼られてるな」
神川とおるが呪符にさわった。
よく見ると石箱に貼られていた呪符が千切れている。
「今どきこんなんじゃダメだろ、もっと頑丈で腐食に強いヤツじゃないと。それにしても、これこそ骨折り損というヤツだな」
彼は笑った。

結局、嶺前塚の探索では何も得るものが無かった。
石蓋を元に戻し、掘り起こした土を上にかけた。
「じゃあな」
そう言って神川とおるはバイクで先に帰っていった。

その後、ホームセンターに寄った。
「腐食に強い紙ってありますか?」
サービスカウンターにいた店員に話しかける。
だが、生憎そういう紙は置いておらず、金属製の物が腐食に強い言われたのでステンレス製の鉄板を4枚買った。
それから、鉄板では石箱に貼れないのでセメント粘土というの物と、文字が消えないように工業用のマーカーも一緒に購入して家に帰った。

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