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すぅぱぁ・ほろう(2)

スーパーに勤めて一週間が過ぎた。
他の従業員は、しおり・クヒナと毎日楽しくおしゃべりをしている。
先日、交際相手とのトラブルを相談していたアルバイトの女の子がいた。
その子は、たぶん顔があるだろうところに向かって真剣に話しかけていた。
彼女にもやはり、しおり・クヒナの魔法で顔が見えているのだろう。
そういえば、仲良くなった大学生のアルバイトの佐々木とこの前、しおり・クヒナについて話したことがあった。
「しおりさんて、すっごく綺麗だよなぁ。まるでおとぎ話のお姫様みたいだよな」
僕は顔を見たことが無いので返事のしようがなかった。
「彼氏とかいるのかなぁ。俺、立候補してみようかなぁ」
「いいかもしれませんね」
笑顔で適当に答えた。
頭の無い人と付き合うなど考えただけでぞっとする。
しかし、他の人にはどんな顔が見えているのだろう。
ハーフで美人だというのは周りからの情報でわかってきた。
それに、従業員への指示は的確だし、仕事も上手で誰よりも早い。
そして、周りにとてもやさしい。
いつも気軽に「大丈夫?」とか「重くない?」と気遣ってくれる。
だから皆にも好かれている。
理想的な上司だ。
ただし、やっぱり頭が無いのには慣れない。

今日のしおり・クヒナは鮮魚コーナーで仕事をしていた。
チェーン店ではないこじんまりした田舎のスーパーだし、従業員の数も限られているから、店長代理でも仕事を掛け持ちするのは当たり前だった。
僕がバックヤードから品出しをしていると、いつも買い物に来るおばちゃんがしおり・クヒナと話していた。
「しおりちゃん、彼氏できた?」
「そんな、できないですよぉ」
「こんなに美人なのに、男たちがほっとかないでしょ。あ、美人過ぎて近寄れないのかな」
おばちゃんが笑って、しおり・クヒナも笑っているようだった。
笑い声が聞こえたのでたぶんそうなのだろう。
「しおりちゃん。これ、お刺身で出したいから切り身にしてもらえるかしら」
「はい、ありがとうございます」
しおり・クヒナは預かった魚を持って、調理場の中に入っていった。
魚の頭を出刃包丁で何のためらいも無く落とす。
そんな時、しおり・クヒナはどんな気分なのだろうか?
「お前って、あーいうのが好みなんだ」
不意に、同級生の神川とおるに声をかけられた。
「なんだ、お前きてたのか」
神川とおるの買い物かごには野菜やら肉やらが沢山入っていた。
いきなりだったので少し慌ててしまった。
「確かに、綺麗だし見とれちまうよな」
「だから、そんなんじゃねーよ。買うもの買ったらさっさと帰れよ」
「はいはい、言われなくてもそうします」
神川はにやけながらそう言った。

その日の夕方、事務室に行ったらしおり・クヒナが一人でパソコンに向かって何かを入力していた。
僕がドアを開ける音で、彼女はこちらをクルッとふり向いた。
「まだ、慣れない?」
仕事の話しでは無いのはわかっている。
「そうですね。やっぱりドキッとします」
もちろん、こういう会話は二人の時だけにしかしない。
「あー、みのる君にも顔を見せてあげたいな」
「僕、前から気になってたんですけど、しおりさんの頭ってどこにあるんですか?」
「自宅だよ」
「え?頭があるなら付けれくればいいじゃないですか?」
ちょっと失礼な言い方だったかもしれない。
「うーん」
クヒナ・しおりは腕組みをした。
「付けられれば良いんだけどね。切り口がちょっと凸凹してるんだよね。まさかテープでぐるぐる巻きにしてくるわけにもいかないでしょ」
うふふと、しおり・クヒナの笑い声が聞こえた。
何回か、かがんだ姿や座っているところを見た事がある。
首元はスパッと綺麗に無いわけではなく、痛々しい程の跡が見えた。
溢れ出た血はすべて彼女が拭きとったのだろうか。
「ところでみのる君。今日も残業、手伝ってもらえるかしら?」
「…ええ、いいですよ」
「よかった。じゃあ、いつもの公園に22時に集合ね」

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