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「フードチェーン農業」と次世代FVC研究所

                                                                Japan Prideイニシアチブ発起人
                                                        次世代FVC研究所設立・連携メンバー
                                                                                                  栗原 康剛

1. はじめに
 次世代FVC研究所は、当研究所の顧問である大泉一貫先生(宮城大学名誉教授)を囲む会(「大泉先生を囲む会」)で培った知見やネットワークをより実践的に活かしていこうとする有志により設立された。大泉先生が提唱される「フードチェーン農業」の考え方が底流にある。大泉先生の近著「フードバリューチェーンが変える日本の農業」(日本経済新聞出版社刊:以下、同著)は、その理論と実践をわかりやすく解説している。本コラムでは、同著で示される「フードチェーン農業」と次世代FVC研究所が軌を一にするところを中心に紹介したい。

フードバリューチェーンが変える日本農業(書影)


 その前に、同著では日本の農業の構造問題を的確に捉えているので、その要点を紹介したい。「フードチェーン農業」の前提となる環境認識であり、次世代FVC研究所の今後の活動を構想する際のベースとなるものである。
 筆者の解釈を加え大胆な要約を試みたい。
歴史的な経緯があり日本の農業は個人経営・家族経営を生業とした極めて多くの農業生産者によって担われてきた。およそこの十年、農業生産の大規模化、法人化が進んでいるが、小規模・零細農家を保護する農政も作用し、この構造は温存されている。この傾向は稲作で顕著である。結果、農業の生産性は全産業の三分の一の低位にあり、低い所得レベルとなっている。担い手の高齢化の進行と新規就農者の趨勢から、担い手の減少は今後も続くと予測される。生産性を高め所得を上げる農業経営へのシフトが進む地合いにあり、能動的に推進する好機にある。その決め手となるのが「フードチェーン農業」である。実際、生産性を高め規模を拡大している農業生産者の一定数が「フードチェーン農業」を体現している。
 筆者の大まかな理解は以上の通りであるが、同著ではもっと詳しく経年変化、地域毎の動向、農政の変遷等を踏まえ分析しているので、是非ご参照されたい。
 加えて、筆者はもう一つの構造問題として農地の重要性に注目している。食料は、全地球的には供給不足である。世界の人口が増え続ける限りは、この傾向はより顕著となろう。一方、人口減少に転じている日本では供給過剰という“ねじれ構造”にあり、販路を見出せない国内産地は縮小均衡のサイクルに陥り農地が失われていくという構造問題から抜け出せない。
 農地は世界的にみれば、貴重な資源である。気候条件や水資源へのアクセス等から農業に適した土地は限られており、適さない土地を無理に開墾し農地利用することは環境面からも望ましくない。
 国内需要が減退に向かう中、国内産地を維持・活用するアプローチは、大きくは三つある。
① 生産性や付加価値を高めることで国内生産可能な作物は極力国産で提供できるようにする。
② 加工品を含めた農産物輸出により世界の食料需要を満たしつつ、国内産地の維持・活用を図る。ここでも生産性や付加価値の向上により国際競争力を強化することが欠かせない。
③ 食料供給価値以外の価値を創意工夫して見出し、その価値を実現するバリューチェーンに農地や農業生産を組み込むかたちでの産業創造を図る。
 これらのアプローチを俯瞰してみると、FVCとは、約440万haとされる農地を農地として活用し、農業を通じて様々な社会課題を解決していく仕組みと言い換えることができる。あの手この手で維持・確保された農地が将来的に価値を持つことになる。いずれもフードバリューチェーン(以下、FVC)の視点が有効であり、次世代FVC研究所が取り組むべきテーマとなる。

2. 「フードチェーン農業」のスコープと次世代FVC研究所
  詳細については同著をご参照頂きたいが、まず基本的な枠組みとして「フードチェーン農業」が捉えるスコープの広さを共有したい。一つは本理論が大規模農家だけではなく、小規模農家にも通じること、もう一つはFVCのみならず、農業を要素・機能に含むアパレル産業のバリューチェーン、観光業のバリューチェーン等も同様に捉えることができることが示されている。この2つのスコープが、「フードチェーン農業」が躍動するフィールドとなる。
 次世代FVC研究所では、農業が提供し得る多様な価値に注目し、それを実現するバリューチェーンの構築をスコープとする。その価値とは、「食料供給価値」という農業の基本的な価値に加え、「健康価値」「娯楽価値」「文化価値」「環境価値」「自然価値」等々多岐にわたる。こうした多様性を実現することで、農業を持続可能にすることができよう。
 それは人々や社会に「幸せ」をもたらすものと考える。この「幸せ」とFVCの関係については、別のコラムで詳しく述べたい。
 これらを実現していく上では、生産性向上を追求する「大きいバリューチェーン」に加え、多様な価値を実現するための「小さいバリューチェーン」が創造されるだろう。(下図参照)

農業が組み込まれるバリューチェーン図

 コロナ禍、あらためて“持続可能性”が本質的な課題として認識された。持続可能性を実現・確保するためには、多様性を取り込むことが必要であるという考え方が様々な分野で浸透しつつあり、生物多様性から企業経営にまで及んでいる。農業も例外ではない。農業の場合、どのような多様性を取り込むことが考えられるだろうか。一つは、「大きいバリューチェーン」と「小さいバリューチェーン」の多様性がある。「小さいバリューチェーン」は、それ自身が多事業化を含め拡大するポテンシャルを有するだけではなく、「大きいバリューチェーン」のビジネスモデルのR&Dや人材発掘の機能を担い得る。また、日本の農産物には古来から多様な品種が存在しており、多くは「小さいバリューチェーン」が支えている。これらの文化価値や自然価値、娯楽価値等を再評価し維持・伝承していくことは果たして“小さい話”であろうか。
 日本人は古くから、小さいものに美意識や成長、ソリューションの可能性を見出す感性を持っている。古い物語では、かぐや姫、一寸法師、桃太郎、現代ではポケモンがある。いずれも小さいものが成長したり活躍する物語である。食文化では、お弁当、お寿司、ラーメン・カップラーメン等々、外国人にも人気がある。茶の湯、盆栽、和歌・短歌・俳句は世界に誇れる文化である。コンビニは日本で独自の進化を遂げ、広く海外にも展開され、大きな産業に育っている。“小さいけど、すごい”のである。
  次世代FVC研究所では、物理的な大小にかかわらず人々や社会にとって価値のあるバリューチェーンの研究・試行・取組を推進したい。
 こうした考察から「サステナブル農業」というテーマが浮かび上がってくる。ある意味究極のテーマかもしれない。生産性の高い「大きいバリューチェーン」と農業の多様な価値を実現する「小さいバリューチェーン」を“習合”した“農業の新常態”だろうか。

3. 「フードチェーン農業」の4つの要諦と次世代FVC研究所
 同著では、「フードチェーン農業」の要諦として、①多業種連携(アライアンス)、➁マーケットイン、➂技術開発(イノベーション)、④事業拡大(規模拡大・多事業化)、という4つキーワードをあげている。
 次のように書きくだして説明されている。
① チェーン全体の繋がり(アライアンス)の構築によって、
② マーケットインや情報の共有が図られ、
③ チェーンの最適化を進めることによってイノベーションが進み、
④ プロフィットプールを念頭において規模拡大や多事業化等の事業の拡大    を進める農業である。(「多事業化」とは、農業生産以外の他の事業を取り入れ、多角化して事業を拡大することである。)
 次世代FVC研究所のアプローチもこれら4つの要諦と呼応している。
① 異業種を含む様々なステークホルダーのよいところや強みを持ち寄り、         新しいビジネスモデルやバリューチェーンを設計・構築する。
② 消費者ニーズや社会課題解決に資する価値を起点にバリューチェーンを設計・構築する。
③ ビジネスモデルのイノベーションを志向する。
④ 農業生産事業のみならず、周辺事業を含めた事業や産業の創造を視野に入れる。
 現在、次世代FVC研究所がサポートしている「リゾート農園事業構想」は、具体的なチャレンジの一つである。

4. 「フードチェーン農業」をリードするチェーンマネージャーと次世代FVC研究所
 「フードチェーン農業」の実現のカギを握るのは、各バリューチェーンの企画・構築の主導役となる「チェーンマネージャー」の存在である。チェーンマネージャーは、3項の「フードチェーン農業」の4つの要諦にチャレンジしつつ、農業生産者が持続可能・再生産可能な収益を得られるようにバリューチェーンを設計することが期待される。(下図参照)

農業をめぐるスマイルカーブ バリューチェーン

 この図を見るときに念頭に置くべきことは、農業生産は収益性が低く、組織化や資本の集積が遅れている一方、食品産業に代表される需要者サイドは組織化・産業化が進んでいるという構造である。また、他産業では各業界の大企業が(ビジネスモデルの)R&D機能を主導しているが、農業界ではその主導役が不在である。チェーンマネージャーには、この川上と川下のギャップの調整とR&D機能を意識しつつ、農業に理解のある需要者サイドの仲間づくり、その期待・ニーズにこたえられる意欲的・先進的な農業生産者の仲間づくりが求められる。
  これは前述の「大きいバリューチェーン」と「小さいバリューチェーン」のいずれの場合でも、必要な役割である。
 それでは、チェーンマネージャーは一体誰が担うのか。同著では、農業生産者と食品事業者(加工・流通)が担うケースが多いと観察している。もちろん、バリューチェーンに係わる様々なステークホルダーが担い得るとしている。事例によって人物にフォーカスしているケース、組織にフォーカスしているケースがある。農業生産者に対しては、人材への継承・育成が課題の中心となる。チェーンマネージャーが組織化する「受動的チェーンマネージャー」が主導的に転じるという現実的な方法論に加え、チェーンマネージャー達が自分たちのストーリーを語り続ける「農業塾」のような場づくりが必要であると提言している。
 次世代FVC研究所の丸田代表理事は、稲作を中心とした農業法人である穂海の代表でもあり、250ha規模の稲作を実現するグループを形成する代表的なチェーンマネージャーの一人である(同著でも紹介されている)。「農業塾」の具体化も当研究所の大きなテーマである。
  さて同著では、かつて「名望家」の多くは農家であったという歴史を紹介している。
名望家とは、江戸から明治にかけて地方経済を支えていた農村自営業者とのことである。農業に限らず地域経済や地域文化の担い手であり、農村を豊かにするために様々な活動をしていたという。廻船問屋を営みながら農業を行う輪島の農村自営業者、綿の作付けをしながら木綿工業を営む愛知の農村自営業者、綱元でありながら農業を営む伊勢の半農半漁の自営業者が例示されている。兼業型やバリューチェーン展開型など、いくつかの型がありそうだ。彼らは農業だけではなく、流通業、肥料商、酒屋、金融業、不動産業等様々な事業に従事し、そこから得られた利益から農村への投資を呼び込むよう、橋を架けたり、小学校や奨学金制度をつくるようなこともしたようである。地方創生の推進役と言えよう。
 現代における名望家を次世代FVC研究所の取り組みから見出し、その活躍を応援したい。
 名望家とは違うが、江戸幕府の末期、関東圏を中心とした約600の農村を復興した人物として高い評価を受けている「二宮尊徳」が、今注目されている。次世代FVC研究所と共通するところがあり、多くの示唆がある。これについては、次回のコラムで詳しく紹介したい。

5. さいごに
 「フードバリューチェーンが変える日本の農業」は、統計・政策論からのマクロ・アプローチによる構造的理解、そこから洞察される将来展望、それを実現するためのFVCのコンセプトワーク、その具体的且つ豊富な事例が見事に構成されており、実践を促すロードマップまで深く考察されている。本コラムは、そのエッセンスの一部を紹介したにすぎないが、それでも多くの示唆を得ていることをおわかり頂けるだろう。 皆様におかれても、是非ご一読されたい。


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