矛盾をなくす 『本の読める場所を求めて』全文公開(45)

第9章 誰も損をしない仕組みをつくる
㊺ 矛盾をなくす

「「今日はがっつり本を読んじゃうぞ~」と思って来てくださった方」というのは、必然的に「ゆっくり過ごす人」だ。30分で300ページを読むわけにはいかないからだ(速読の人はわからないが)。
「本の読める店」に来たからには、ゆっくり、気の済むまで過ごしていってほしい。何も気にせずひたすら本を読みたいというその欲望が、完璧に成就することを願っている。
これがスタートだ。では、そのために必要なものは?
まず、この気持ちが嘘にならないこと。お客さんの滞在時間が何時間になろうとも、そこに「そろそろ帰ってくれないかな」という気持ちを抱かずに済むこと。「今はまだ大丈夫だけれども、もしこのまま追加注文をせずに過ごし続けられたとしたら困るな」という先回りした心配や疑いを持たずに済むこと。つまり、すべてのお客さんを最初から最後まで歓迎し続けられること。
そのためには、お客さんの滞在時間の長時間化と商売の成立がいっさいの矛盾を持たないことが必要だ。それが実現できれば、すべてのお客さんの「がっつり読書」を、店は、「いいね! いいね!」と心底から思っていられる。
ここまでは店の都合だ。ではお客さんにとって実現すべき状態はどんなものだろう。それはなにをおいても、気兼ねをしないで済むことであるはずだ。心ある人はどうしたってそれが気になってしまう。「いいのかな?」と思わずに済むこと。そのために必要なのは、自分が長居をすることが店の人間にどんな不平や不満の心情をももたらしていないとはっきり知ること。どれだけいても自分が歓迎され続けているとはっきり知ること。その歓迎の中にはいかなる痩せ我慢も矛盾も含まれてはいないとはっきりと知ること。そうなって初めて、本当に気兼ねなく過ごすことができる。

以降、やや長い説明になるが、「本の読める店」の根幹をなす大事な「設計」の話であるため、少しお付き合いいただきたい。

現在の仕組みに至るまでに経た料金の仕組みは次の通りで、「完全に好きな金額を払ってください制」→「メニューに値段が付与されてオーダーした通りの金額を払う制(つまり普通のやつ)」→「オーダーが1000円未満の場合は1000円までは切り上げさせてもらう底上げ制」だった。この変遷だけでもそこにさまざまな試行錯誤、四苦八苦を感じられるが、この時分、客単価は当然ばらばらだった。コーヒー1杯700円で過ごしていく人もいれば、いろいろと飲み食いをして3000円や4000円になる人もあった。平均客単価は1400円ほどだった。
一方で共通していた項目もあり、それは滞在時間だった。平均は常に2時間半であり続けた。5時間や6時間の人が引っ張って長くなっているわけではなく、85%の人が1時間半以上の滞在だったから、総じてみなさんがゆっくりしている、ということだ。「PRESIDENT Online」の記事(2017年1月6日)によれば、「滞在時間が長い」とされるコメダ珈琲店で平均1時間(ドトールコーヒーショップは30分)ということだから、平均2時間半というのは相当な長さだ。ともあれ、「人が好きなだけ読書をしたいと思ったときに過ごしたい時間は平均して2時間半になる」ということだと思う。
また、席数は「10」で、目一杯に忙しい日でお客さんの数は30人だった。回転率3ということだ。そんな日になると、閉店したときにはもうヘロヘロで、洗い物の山を前に呆然と立ち尽くすような状態になった。

さて、売上の計算式は「席数×回転率×客単価」だった。上記に当てはめていくと、「目一杯」という日で「10席×3回転×客単価1400円=4万2000円」という売上になる。
4万円の売上は、僕は十分だと思う。店舗経営の文脈でよく言われるのは3日で家賃分になる売上が必要だということで、フヅクエの家賃は20万円弱だから、これでは5日かかってしまう。ただ、経営者としての未熟さゆえなのか、それともこの実感がそう間違っていないのかはわからないが、ほとんど人を雇わず人件費をかけずに店をやっていく分には、そこまでの金額は要らないと思う。仮に家賃から割り出された必要額6万5000円を1日で稼ぎ出せていたとしたら、25日の営業日で月の売上は160万円になる。ここから仕入原価や家賃などの経費を引くと、約100万円が残る。1000万プレイヤーだ! もちろん、それだけ稼げたらうれしいかもしれないが、あまりにも重労働で、呆然と立ち尽くす時間は日に日に延びて、果てはゾンビのようになってしまうのではないか。健康的に続けていくためには、いい塩梅の売上がいい。日に4万円平均で月100万円という売上は、ちょうどいい目標値だった(その後スタッフが増えていったため修正が必要になったが)。

日商4万円という目標値を考えたとき、どの数字を操作するか。その選択が、店のスタンスをはっきりと表す。たとえば席数の「10」を変えるとする。隣との距離がゆったりと取られたカウンターに椅子を増やす。物理的に可能なのは4席の増加で、「14席×3回転×客単価950円」、これで4万円になる。必要となる客単価が下がる。その代わりとして、カウンターはぎゅうぎゅうになってお客さんの快適さは損ねられる。それは「本の読める店」としては違う。だから席数ではない。
回転率はどうか。たとえば回転率を「10」にすれば客単価は400円でいいようになる。この回転率が示すのは、さくっと1杯飲んでさくっと帰るという状態で、「気兼ねをしないでいくらでも長居できる」という目指す姿から最も遠いものだ。「人が好きなだけ読書をしたいと思ったときに過ごしたい時間は平均して2時間半になる」と先に書いたが、これに真っ向から反する設定だ。だから回転率を高く設定することもできない。そもそも「3」という値もあくまで半年に一度あるかないかという目一杯の日のものであり、ほぼ満席という状態が一日中続いてやっとそれになる。タイミングが悪く満席で入れないお客さんもどうしても出てくる。現実的な目標ではないうえに、お客さんにとっても大歓迎できる状態ではないものを目標値に掲げることはできない。ほどほどに埋まっている状態が長い、くらいがお客さんにとってもいいはずで、それは回転率でいうと「2」だった。この値で考えるのが妥当だろう。

これで考える材料が揃った。席数は「10」のまま、回転率は「2」。そうなると、客単価は「2000」になる。2時間半と2000円。これは馴染みのある数字に実に近い。「本の読める店」について考えるときにつねづね参照の対象としてきた映画館のそれだ。
映画を観たい人は、映画上映に特化した快適な環境で1本の映画を観る2時間ほどの時間に対して、1800円であるとかの金額を払う。であるならば、本を読みたい人が、読書に特化した快適な環境で本を読む2時間半ほどの時間に対して2000円であるとかの金額を払うというのも、決して不自然ではない。この金額が弾き出されたときに思ったのは、「そのくらいもらってもいいんじゃない?」ということだった。

ではどのようにしてその2000円を、もらうか。











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