見出し画像

2022年夏⑤人は皆マダラ模様:退職してきました

19日に勤めていていた会社に退職届を提出に行ってきた。
一人だと不安というか、何言われるかわかったもんじゃない、というほど会社を信用できてないので就労移行のスタッフについていっていただいた。

前日にスタッフから電話を貰ったけど本当に嫌そうというか、この仕事滅入るわぁーって印象を受けた。
え?退職届をだしにいくんスか?直接?なんで?今更それはゴメンだね!みたいな人もけして少なくないと思う。

いやほんと申し訳ないわぁー、と思いつつ、電話を切る。

さて当日、控除分のお金と退職届を持って就労移行のスタッフと会社に行ってきた。
久しぶりに来た工場に何故か実家のような安心感なぜなんだいとなる。
事務ネキにひさしぶりーと言われる。
パソコン弄ってる社長にお久しぶりです!と元気に声をかけるとウォッス!と機嫌がいい時の返事が返ってきた。

社長はウェブ会議で時間をつくれ無かったので辞表は工場長が受け取ってくれた。

なんとなく経緯説明を求められる。
症状的には軽度の適応障害(うつ病の症状でなく抑うつ状態という)に近い

11月の頃から階段を登れなかったり身体がフリーズしたことが何度かあった

12月の繁忙期を乗り越えた後まとまった休み(5連休)を貰った
またこのころくらいからちょっと休んだら?と医師には言われた。

新体制をなんとか作りあげて3か月を経た4月半ば、あ、これはヤバイとメンクリに駆けこんだ
休もう、休め、と云われた

ひと月目は休みきれず、ふた月目は過眠状態、三か月目でやっとクスリが安定してきた。
と経緯を説明

クスリっていうので安定するもんなの?

いい質問ですねぇ‥!丸まっている神経が針のように尖ってるときはききません。
その症状までいったら気絶することが一番です。
ただ針が折れたくらいまでの状態が良くなった時にクスリを飲むとだいぶ神経がまろやかになります。

まぁ、でも、メンクリにドクターストップはないときく、お前が休むときめたんだろう?

これもいい質問ですねぇ‥!これはヤバイと決めるのは僕で医者は促すことしか<できません>
ただ復職に対しては慎重に指導をする傾向があります。
自分の裁量というよりは復帰に対しては医師に従う関係になることが多いです。

工場長は身近にうつで人生を亡くした人の話をしてくれた。
俺も身近に二人、いや三人いる。
その話をからめて生きることだけはあきらめないでほしい!と強く僕に伝えた。

超☆機嫌悪いこともあるけど、基本的に社長と工場長のこと僕は好きだ
超☆機嫌悪いときも俺がマトモだったら今日機嫌わりぃんだなぁ(呆)とスルーできる。
ただ俺、いつもマトモだと思わないでほしい。マトモでなくなる条件は人より敏感で多い。

そして工場長こうきりだす。
‥社長ともお前には一時間、だと流石に身体あったまって終わっちゃうけど、2時間でも3時間でも働いてもらおうか、
と相談していたんだけど、引き留めるわけにも、とは思うから、ねぇ。

‥あぁ‥こう具体的に詰め決めてない感じ、これ‥こういうところが嫌だったんだ、と思い出す。

ロッカーからおきっぱなしのアウターやら帽子やらを洗濯のため回収して仕事中の相方のおばちゃんにもあいさつする。

やめまーす「おぉ、そっか、治んないかぁ‥」ほんとダイレクトに迷惑かけてしまって申し訳ない
「ほーんと!アンタがいたらと何度思ったことか」
結構長く愚痴や相談を聞く。
素直におばちゃんしたたかで逞しいなと思った。

女は強い、ってこういうことなのかもしれない。
まぁ彼女の女要素にはブルンブルン振り回された側面もあるんですけどね

材料が吸えないよ!と機械がピィピィ云うので材料を足してやった。
自然に動く身体の感覚。辞めるのはもったいなかったかもな、と少し思った。

休職のやりとりで僕は就労移行のスタッフを窓口にしてもらった。
けど自分自身でやったらまた違った未来があったかもしれない。


5月22日に辞めることを決意して書いた短歌行き場のないIKARI



ほんとに心配してくれてたのね‥


俺って本当にめんどくさい。そして人間というものはすべからく難しいものだ

2022年7月21日富士さんたろうが記す


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?