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オリジナル短編小説 吾輩は猫である。#2

―――吾輩は猫である。名前はまだない。……うん。自分で言っておいてなんだが、これではあまりにも味気なさすぎるな。
とりあえず、吾輩の自己紹介をしていこうと思う。
まず名前だが、これは人間達が呼んでいる通り『ミケ』という。だが、吾輩は別にこの名前が嫌いというわけではない。むしろ好きな方である。……なぜならば、それは『ミネコヤ』の店長さんがつけてくれたものだからだ。……あの人はとても優しい人で、いつも吾輩のことを可愛がってくれているのだ。だからこそ、吾輩はその恩返しとして、出来る限りその人の役に立ちたいと思っている。……だが、一つだけ問題がある。それは……名前が長過ぎるということだ。
そう。ミネコヤの店長さ……ではなく、ミネコヤさんの本名は『ミネコヤ コネコヤ』なのである。つまり『ミネコヤ』というのは、名字と名前の順番を逆にして読むと、『ミネコヤ コネコヤ』となるのだ。なので、それを逆さにしてしまうと意味がわからなくなってしまう。……そこで、吾輩は考えたのだ。どうせなら自分だけの呼び名を作ってしまおう、と。そして、それが今の『ミケ』という名前になったのだ。……正直、最初はその名前を考えた時は少し恥ずかしかった。
だが、今ではそれも良い思い出である。それに、今となってはその名前の方が愛着があるしな。
次に家族について説明していくことにする。
吾輩の家族は全部で4匹いる。
母猫のクロ。
父猫のシロ。
長男のポチ。
次男のタマ。
そして、末っ子のミーちゃんだ。
みんなそれぞれに個性があり、とても可愛い奴らなのだが、中でも一番の問題児がいる。……そう、その問題児こそが、我が愛すべき妹、ミーちゃんなのだ。……いや、確かに可愛いことは可愛いのだが、その性格が少々厄介なのだ。
ミーちゃんは好奇心旺盛な子で、毎日のように色々なものに興味を示す。
例えば、ある日のこと。
吾輩は庭で日向ぼっこをしていた時のことだ。その時に突然、ニャーンという声が聞こえてきた。不思議に思って鳴き声の方へ視線を向けると、そこには1匹の子猫がいた。……おそらく親とはぐれてしまったのだろう。その猫は辺りをキョロキョロと見回しながら、時折不安そうな表情を浮かべていた。……そんな姿を見ていた吾輩は、放っておくことができなかったのだ。……だから、吾輩はその子に近づいて行った。すると、その子は少し警戒しながらもこちらの様子を窺ってきたのだ。……そんな様子を見た吾輩は、優しく話しかけてあげた。
「……大丈夫だ。何もしないから安心するといい」
すると、その言葉が通じたのかはわからないが、その子は少し落ち着いた様子を見せたのである。
「……お前も迷子なのか?」
そう問いかけると、その子は小さくコクッとうなずいた。……やはりそうだったか。……しかし困ったな。……この子をこのままにしておいたらまたどこかに行ってしまうかもしれない。
「……とりあえず家の中に入るか」
そう言って手を差し出すと、その子はおずおずといった感じで吾輩の手を握ってきた。
そのままゆっくりと家の中に連れて行くと、リビングのソファーの上に座らせた。……さて、これからどうしたものだろうか。この子の親を探すにしても、手がかりが何もない状態だと探すことは難しい。
そうやって悩んでいると、ふと、ある考えが頭に浮かんだ。……そうだ!この子に名前をつけてあげよう! 何故その考えに至ったのかはよくわからなかった。だが、その方がより愛着を持ってもらえると思ったのだ。
それからしばらく悩んだ後、吾輩は思いついた名前を告げたのである。
「……よし!お前の名前は今日から『ミー』だ!」……すると、その瞬間、吾輩の身体から眩しい光が溢れ出したのだ! そのあまりの光の強さに吾輩は思わず目を瞑ってしまった。……しばらくして、恐る恐る目を開くと、目の前には先ほどまで吾輩の手に抱かれていたはずの子猫の姿はなかった。その代わりに、そこに立っていたのは1人の女性であった。
その女性は吾輩を見るとニッコリ微笑んで言ったのだ。
「初めましてミケさん。私はあなたの新しい母親になる予定の者です。よろしくお願いしますね♪」……え?……あ、あれれー?おかしいぞー。吾輩は今確かに猫の名前をつけたはずなのに、どうして人間の女性が現れたのであろうかー。……うーむ。……うーん……。……まぁいいや。深く考えるのはよそう。きっとそういうこともあるだろう。うん。気にしたら負けだ。
こうして吾輩の自己紹介は終わったのである。……おっと、言い忘れていたが、実は吾輩はミネコヤさんの家で暮らしているわけではない。
吾輩達は家族全員一緒に住んでいるのだ。そして、ここはそのミネコヤさんの家の近くにあるアパートの一室である。ミネコヤさんは仕事の都合でここに引っ越してきたのだ。ちなみに、ミネコヤさんの仕事はペットショップの経営である。……そして、ここからが本題なのだが、吾輩はこのミネコヤさんにとても感謝しているのだ。それは、ミネコヤさんがいなければ、今の吾輩は存在しないからである。……吾輩がまだ小さい頃、まだ幼かった吾輩はとてもやんちゃな子猫だった。……その頃の吾輩は、よく他の猫達と喧嘩ばかりしていたのだ。……そんな吾輩を見かねたミネコヤさんは、吾輩に首輪をつけてくれたのである。そして、吾輩にこう言ってくれたのだ。
「ほら、これを見てみろ。これは猫用の首輪だ。これをつけていれば、他の猫達に舐められずに済むだろう。……どうだい?これで少しは大人しくなれそうかい?」……その言葉を聞いた時、吾輩は心が震えるような感動を覚えた。そして思ったのだ。この人のために頑張ろう、と。この人の期待に応えたい、と。
それからというもの、吾輩は自分の性格を改め、真面目に生きるようになった。
そうして努力した結果、今では立派な成猫となり、近所の人達からも可愛がられるような存在になったのだ。……ただ、吾輩は今でも時々思うことがある。もしあの時にミネコヤさんに出会わなければどうなっていたのだろう、と。おそらくどこかで野垂れ死にしていたことだろうと。だから、吾輩はミネコヤさんに感謝してもしきれないくらい恩を感じているのである。
そんなこんなで、吾輩が人間に変身した時の話が終わったところで、今度は吾輩の妹であるミーちゃんの話へと移りたいと思う。……さて、何から語れば良いものか……。……そうだな。ではまず、ミーちゃんがどんな子なのかを簡単に説明しよう。
ミーちゃんは吾輩と違って、好奇心旺盛で活発な女の子だ。……いつも元気いっぱいで、走り回って遊んでいることが多い。あと、吾輩のことを慕ってくれていて、たまに甘えてくることもある。
そんなミーちゃんだが、ある日を境に突然喋れるようになってからは、さらに活発になってしまった。……しかも、その能力がまた凄いもので、吾輩達が驚くほどの知識を持っているのである。……例えば、吾輩は最近になって知ったのだが、人間は文字という物を扱えるらしい。ミーちゃんはその文字の読み書きができるだけでなく、それを使って会話をすることも出来るのだ。……正直言って、吾輩は最初、この話を聞いた時は信じられなかった。だって、まさか人間がそんなことができるとは思わないではないか。……吾輩はその事実を知って以来、ミーちゃんのことが怖くなってしまった。……もしもミーちゃんの身に何かあったらどうしようと心配で仕方がなかった。
しかし、そんな吾輩の考えとは裏腹に、ミーちゃんはどんどん成長していった。……吾輩はそんな妹の成長が嬉しかった反面、複雑な気持ちだった。……いつの間にか、吾輩よりも頭が良くなってしまったのだ。……吾輩は兄としての立場がないなと思ったものである。……そんな風に吾輩達の日常は過ぎていった。……そして、月日が流れていくうちに、吾輩達は気がついたら高校生になっていたのである。
吾輩は高校入学を機に一人暮らしを始めた。……そして、ミネコヤさんは実家に戻って仕事に専念することになった。……そのため、吾輩達は必然的に離れ離れになってしまうこととなった。
吾輩はそのことを寂しいと感じていた。しかし、それと同時に、妹の成長が喜ばしいとも思っていた。だから、これからはなるべく会いに行くようにしようと考えたのだ。
そして、それからしばらく経ったある日の夜のこと。吾輩はミーちゃんに電話をかけることにした。その電話の内容というのは、他でもない。ミーちゃんとこれからについて話し合うためである。……そして、吾輩が電話をかけると、すぐにミーちゃんが出てくれた。そのことに吾輩は少し安心する。良かった。まだ起きてくれていたみたいだ。……そう思いながら、吾輩は口を開いた。
「やぁ、久しぶりだね、ミーちゃん」
「……うん!お姉様!ご無沙汰しております!」
吾輩の言葉を聞いてミーちゃんはとても明るい声でそう答えたのである。
「……あぁ、うん。久しぶり」
吾輩は思わず顔を引きつらせた。
「どうされたのですか?……ひょっとして私のことを忘れてしまったんですか?酷いですよ、私達姉妹なのに」
そう言いながらもミーちゃんは笑っていた。……どうも彼女は冗談で言ったようである。吾輩はそれを理解して、ホッと胸を撫で下ろした。
「ははは。すまないな、つい癖で……。でも、本当に大きくなったな。吾輩にはお前がとても頼もしく見えるよ。立派になったな。……それにとても綺麗にもなった。吾輩はそれが嬉しい。自慢の妹だよ、君は……」
吾輩は心の底から妹を誇らしく思った。……すると、急にミーちゃんの声が震え始めたのである。……どうしたんだろう?吾輩が不思議に思っていると、不意に彼女が嗚咽し始めたのであった。「……うぅ……。……グスッ。……お、おねえさま~!!ぐすん。……ありがとうございます!お、……私なんかのことを、そんなに誉めてくれるなんて……、わ、わたしは、おねえさまの……、優しいところが……大好きです!!」……ミーちゃんがそう言うと同時に、電話越しからもの凄い泣き声が聞こえてきた。……きっと今頃、ミーちゃんの顔は涙でグチャグチャになっているだろう。
それを想像したらなんだか可哀想になってきて、吾輩の目からも自然と熱いものが溢れ出してきた。……もうすぐ成人を迎えるというのに、まるで子供のように大泣きしてしまった。
しばらくして吾輩達はようやく落ち着きを取り戻した。そして吾輩達はしばらくの間会話を続けたのだった。……そして、話が一区切りついたところで、吾輩はミーちゃんにある提案をした。
それは、定期的にお互いの家に遊びに行ってもいいかという事だ。もちろん嫌ならば無理強いはしない。……だが、ミーちゃんさえ良ければぜひとも行きたいと思っている事を吾輩は正直に伝えた。
それを聞いたミーちゃんの反応はというと、一瞬固まったかと思うと、すぐさま満面の笑顔になって了承してくれた。そして、「……いつでも来て下さいね。私はいつまでも待っていますから。……あとそれから、これからよろしくお願いします、……私の愛しいお姉様」と言ってくれたのである。
それを聞いた吾輩は、喜びのあまり涙を流したのであった。
そんなこんなで吾輩はそれから頻繁にミーちゃんの家に行くようになった。吾輩達が仲良くなるにつれて、妹のミーちゃんの口調は徐々に変化していった。吾輩に対して敬語を使わなくなったのである。最初は少し戸惑ったが、今ではそれが普通となっている。……むしろこっちの方が自然な感じがして心地よいくらいだ。
ちなみに、なぜそんなことをしているのかと聞かれたら、ミーちゃんは猫が苦手らしいからである。それで、吾輩は人間の姿になる時に言葉遣いを変えて、一人称も僕ではなく私という風にしているのだ。……そうすれば、見た目はともかく喋り方だけなら人間に見えるはずだと考えたわけだ。……そして、そうすることで少しでも妹の役に立てればと思ってやったことである。……まぁそんな風に、兄妹の仲を深めている間に、時間はあっという間に流れていった。そして気がついたら大学入試が迫っていたのだ。吾輩は慌てて猛勉強を始めたのだが、そこで思わぬ誤算があった。
何とその日を境に、吾輩の頭の回転速度が劇的に上がったような気がしたのである。おかげで難なく合格できた吾輩であったが、未だに原因が分からずに困惑していた。……一体どうしてなのだろうか? それからさらに時は過ぎていき、吾輩達はとうとう卒業を迎えた。
そして、いよいよ明日が卒業式である。
「ついにこの日がやってきたか……」
吾輩は感慨深い気持ちになっていた。……思えば色々あったものである。……まず最初に、吾輩はあの日から毎日欠かさず妹に会いに行った。それから徐々に妹の家族とも打ち解けて行った。そして、最終的には一緒に暮らすまでになったのだ。しかも驚いたことにそのきっかけを作ったのは吾輩だというから驚きだ。ある日、吾輩はどうしてもミーちゃんと一緒にお風呂に入りたくなって彼女を連れて入浴しようとしたところ、何故か抵抗する彼女を無理やり連れ込んでしまったのだ。……当然、吾輩は裸のまま浴室から出た後にミーちゃんからビンタされて、彼女に謝罪をすることになった。
だが、その時、彼女の身体に何か秘密があるかもしれないと感じた吾輩はその直感に従って、彼女にマッサージをするように命令した。その結果、彼女はあっさりと吾輩に従った。吾輩の勘が当たったのである。……そこから、吾輩は妹との絆を深めることができたのだ。……本当に感謝しかない。
そうして、様々なことがあった吾輩達であったが、こうして今日という日まで楽しく過ごすことができて本当に良かったと思っている。……だから、吾輩はこの日のために一生懸命努力をして来た。今までの人生で一番頑張ったと思う。
そして、そんな思い出を胸に抱きながら、これから妹と楽しい日々を過ごすために、吾輩は玄関の扉を開いたのであった。……そして、遂にこの時がやって来たのである。
「……えへ。……うふ。お姉様ったら、もう……。でも嬉しい……」
「……そ、それより、お前のほうこそ大丈夫なのか?吾輩が相手だと分かっていて、ちゃんと来てくれたんだろうな?」
「はい!もちろんですよ。……お姉様のためですから」
「……あぁ、ありがとう」
吾輩が照れくさくなりながらも素直に礼を言うと、なぜか妹の頬が赤く染まった。……あれっ、もしかして熱でもあるのかな……
吾輩は心配になって手を伸ばして触れようとしたところでハッとなった。
(そうだ、今の姿は……)
そう思った瞬間、吾輩の全身が震え始めた。……ダメだ、このままでは妹に拒絶されてしまうかもしれない。……それだけは絶対に嫌だ!! だが、今更やめるわけにもいかず、吾輩はそのまま手を伸ばした。すると……
ミーちゃんの頭の上に手を乗せた瞬間、急に身体中の力が抜けたかと思った途端、次の瞬間には、目の前にいる妹の姿がみるみると小さくなっていったのである。……そして、最終的に元の人間の姿に戻ったところでようやく我に返ることができた。どうやら無事に成功したようだ……よかった~。吾輩はホッとして安堵の息をつくとそのまま地面に膝をつけたのであった。
そして、そんな吾輩の姿を見つめていたミーちゃんはというと……
目をキラキラさせながら嬉しそうな笑顔を浮かべると、「おねえさまー!」と言って思いっきり抱きしめてきたのであった。そして……
「おねえさまおねえさまおねえさままぁ~ん」……何度も名前を呼び続けながら、顔をすり寄せてきたのである。その表情はとても幸せそうだった。吾輩はそれを見ているうちに何だか胸の中がいっぱいになってしまった。……そうしてしばらく時間が過ぎた後で吾輩達はリビングに移動した。それから二人でお茶を飲みながら雑談を始めた。そして、その中で吾輩はある疑問について聞いてみることにした。

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