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オリジナル短編小説 吾輩は猫である#1

吾輩は猫である。名前はまだない。
そんな吾輩は今、吾輩の飼い主であり主人である人間に抱えられながら移動している最中だ。
何故こうなったのか? それはつい先程まで遡ることとなる。
***
「……あぁ、暇だ」
吾輩はいつものように、今日も日当たりの良い縁側で日向ぼっこをしていた。そしてこの台詞を口にするのもまた、いつものことであった。
(全く、退屈で仕方がないな)
何ともまあ怠惰極まりないことか。だがしかし、それも致し方あるまいて。なぜならば我が主人たる人間は、とても忙しい日々を送っているからであるからして。(それにしても……遅い)
現在、我が主人は買い物に出掛けている最中だ。何でも買い忘れたものがあったらしい。それならさっさと買ってくればいいものを、と思わず思ってしまうが、それを言っても始まらないことは重々承知済みである。
(それにしたって、いつまで経っても戻ってこないではないか!一体何を手間取っているのだ!まさかまた面倒事に巻き込まれていやしないだろうな!?)
ふむ、どうしたものか……。このままここで待ち続けるべきか。
だがそうなると今度は手持ち無沙汰になってしまうな。よし決めた。ここは大人しく待つことにしよう。そう思い直しかけたところで玄関の方から鍵を開けようとする音が聞こえてきたため、これは好機と思い直ぐ様玄関へと向かうことにした。
***………………
結論から言おう。
やはり面倒事に巻きこまれていたようだ。いやまあ薄々と感づいてはいたが。なんというか……うん、お主はもう少し気を付けた方が良いぞ?……まあいいか。今はそれよりも重要なことがあるからな。
「ニャァーオ」
吾輩の鳴き声を聞いて驚いたように振り向いた人間はこちらを見るなり、目を輝かせて駆け寄ってきた。まるでご馳走でも目の前にしたかのように。
「可愛いぃ~!!」
そう叫び声をあげつつ抱き上げられた瞬間、何故か背中にゾワリとした感覚に襲われた気がしたが……とりあえず無視することにしよう。
***……その後、我に帰った人間の手によってリビングにあるソファーへと下ろされたのだが……そこでまたもや問題が起きた。そのせいで再び我を忘れてしまった人間の手で、無理矢理服を脱がされる羽目になってしまった。……正直、もう勘弁してほしいのだが、これでは暫くの間自由に動き回ることさえままならないかもしれないと思うと溜息が出てしまう。
(本当に、どうしてこうなるのだ)
そう思うものの、時既に遅し。
こうなってしまえば後はただひたすら耐えるしかないだろう。……早く終わらないものだろうか。…………………………
そして今に至るわけなのだが、この人間は吾輩を抱き上げると、何処かに連れて行くつもりなのかそのまま廊下を進み始めた
「ニャー?」……どこに行くんだ? そう問いかけるように鳴けば、「ちょっと待ってね!」と言いながら再び歩き出した。
それから程なくして辿り着いた場所は洗面所だった。
中に入るとすぐに洗濯機の上に置かれた籠の中に入れられた。すると突然上から水が降ってきて全身ずぶ濡れになった。
「ミャッ!!フシャー!!!」(うわぁっ!!何すんだよっ!!)
あまりの驚きに抗議しようと顔を上げるとそこには満面の笑みを浮かべた人間が立っていた。……嫌な予感しかしない。
「あはっ!猫ちゃんびしょ濡れだねぇ。ほらおいで」
そして有無を言わさず抱え上げられてしまったのである。

***
そこから先は地獄だった。何度も水をかけられ、その度に体がビシャビシャになって最悪な気分だった。そんなことをしているうちにあっという間に時間は過ぎていき、ようやく解放されて現在に至るという訳だ。
(まったく、散々な目にあったものだ)
それにしてもあの人間は一体何を考えていたのか……。まあ考えても詮無いことではあるが。……さて、これからどうしたものか。取り敢えず体を拭くためにタオルを取りに行きたいところだが、ここからだと少し距離があるな。
(仕方がない、諦めるか)
仕方がないとはいえ、このまま濡れたままというのも些か問題があるような気がする。どうしたものかと考え込んでいるところにふとあるものが目に入ってきた。
それは壁に取り付けられている大きな鏡に映った自分の姿だった。……ん?これはもしや……チャンスなのでは!? そうと決まれば即行動あるのみ!さっきまで重かったはずの体は軽々と動いてくれた。どうやら思ったよりも体を動かせなくてイライラしていたようだ。……吾輩もまだまだ子供ということか。
とにかくこれで問題は解決した。早速行動開始だ!
***
結果から言うと、無事に乾かすことに成功した吾輩は再び自由の身となることができた。しかもそれだけではない。なんと人間の服を借りることができたのだ!
(ふむ、なかなかいい感じではないか!)
さすがにサイズが合わず着られないだろうと半ば諦めていたが、いざ来てみれば驚くほど体にフィットしたのだ。どうやらこれも人間が持つ神秘というものの一つらしいな。
(いやはや、本当に素晴らしいものを持っている)
この調子ならばきっとすぐに大きくなるだろう。そうしたらまた何か作って貰おうではないか!(それにしても、いつまでこうしていれば良いのだ?)
確か買い物に行くと言って出かけていたはずなのだが……。まさかまた面倒事に巻き込まれているのではないか?まさかまた厄介な事件に巻き込まれたりしていないだろうな……。……まあいいか。どちらにせよ、もう少ししたら帰って来るだろう。それまでの辛抱だな。………………………………それならそれで退屈凌ぎにこの服の持ち主のことをじっくり観察してやろう。
吾輩はこの機会を存分に利用させて貰うことにしよう。そう思い立ち、改めてこの服を着た人物を見つめた。……むぅ、確かに綺麗な人間であることは間違いないのだが、なんというのだろうか、どこか不思議な感覚に襲われることがある。これがいわゆる"美形"というやつなのだろうか?吾輩には到底理解できぬ領域であるな。

***
あれから随分と時間が経ち、ようやく人間が帰宅してきたため、今度はこちらから近付いてやった。
「ニャー」おかえり。
そう言って出迎えると、人間はとても驚いた顔をしてからとても嬉しそうに笑ってくれたのだ。何故そんなにも喜んでいるのかよく分からなかったが、とりあえずは機嫌が良いみたいだし、良しとしておこう。……ところで何を買ってきたんだ?早く教えろよ。……まあ、それは置いておくとしても、先程からずっと気になっていることがあった。
吾輩を抱き上げた時のことだ。その時に気がついたのだが、何故かこの人間から妙な力を感じるのだ。それがどういう意味を持つのかはまだ分からないが、それでも何とも言い難い不安を覚えた。
そしてこの時、ようやくその正体を掴むことになったのである。……この力は、間違いなく精霊の力だ。だが、この世界では本来あり得ないものであるはずだ。……つまり考えられることは一つ。この人間が異世界の住人だということだ。……この世界で生きてきた吾輩でも知らないということは、恐らくは上位存在が創った空間なのかもしれない。……そうだとしたら、この人間は本当に面白いな。……よし決めたぞ!これからはこやつのことを調べるとするか!そうと決まればまずはどうやってこの世界のことを知るべきかを考えねばならぬな。
うーん……そうだ!こういう時はやっぱり情報を得るのが一番だろう。
となると一番適任なのはやはり本屋か。……そう考えると急に楽しくなってきたぞ!さあ、そうと決まったらさっそく行くとするか!…………って待て待て!こんな格好のままでは行けないだろうが! あああ!!もうっ!!なんでこんな目にばかり遭わなければいけないんだ!!
***
ようやく外に出ることができた吾輩はすぐさま本屋の方向に向って走り出した。だが、そこでまたしても問題が発生したのである。なんと吾輩が歩くよりも先に猫が歩いていたのだ。しかもかなりの数である。
どうやらその猫たちは本屋の方に集まっているらしく、まるで導かれているかのように進んでいった。
(なんだ?何があるというのだ?)
疑問に思いながらもついていくとそこには一軒の大きな建物があった。……なるほど、どうやらここがその猫たちが目指していた場所らしい。
入り口付近には看板が設置されており、そこに書かれていた内容を見てみるとそこには『ペットショップ・ミネコヤ』と書かれていた。
(……どうやらここに吾輩の目的のものが揃っているようだな)
そう思うと同時に中に入っていくと、中には様々な種類の生き物がおり、それぞれ思い思いの行動をとっていた。そんな中、吾輩の目を引いたものがあった。それはガラスケースに入れられている一匹の子犬だった。
(……これはなかなか可愛いではないか!)
吾輩は思わず駆け寄って子犬を観察した。どうやらまだ生後間もないようで、好奇心旺盛なようだ。そんな姿も実に愛くるしい。しばらく見ているうちにふとあることを思い出した。
(む?そういえば以前、同じような光景を見たことがあるような気がするな)
いつのことだったかと思い返してみると、どうやら少し前の散歩の時に見かけたことを思い出した。あの時もこうして一人で見に来ていたのだ。その時は残念ながら買ってあげることができなかったのだが、今は違う!今の吾輩は自由なのだ!お金もある!今度こそ必ず飼ってみせる!
(その為にも、絶対にここで子犬を買う!)
そう意気込み、店内を見渡してみたところ、店員と思われる人物を見つけた。そしてその近くに例の猫たちもいることを確認すると、そちらに向かって歩いて行った。…………よし。ここから先は少し演技をする必要があるな。…………む?何をしているんだこいつは?まあいい。とりあえずはこの流れに任せるしかないな。…………な、なんだと!?そんな馬鹿な……。一体どうして……!
「おめでとうございます!こちらの子はお客様にとても懐いているようですので特別価格の500円となっております!」
嘘だ……!こんなことがあっていいはずがない……!……だが、現実は無情であった。吾輩の努力は報われず、結局はその子を購入することになってしまったのだ。……しかし、これも仕方のないことだ。何しろ相手はこの世界の神である精霊様が生み出したものなのだからな。……はぁ、これでまた夢が遠のいたわけである。……まあ、それもこれもすべてはこいつが悪いのだが。……そう思いつつもつい撫でてしまったのだが、本当にこの毛並みは良いのだ。ずっと触っていたくなるぐらい心地よいのだ。……まあ良い。今日からお前の名前はポチだからな!これからよろしく頼むぞ!
「……お会計は2500円になります」…………。……ん?……んん??……え?……にせんごひゃくえんだと? おかしい。絶対おかしい。だってさっきまでこの子にはもっと値札が貼ってあったはずだ。なのに……何?何故この値段になる?何かの手違いじゃないのか?……だが、そんな吾輩の願いなど通じるはずもなく、そのまま手続きを進められてしまって結局はそのまま払うことになってしまったのだ。……うぅぅ……納得いかぬぅぅ……!
***
そんなことがあったためすっかり疲れてしまい、吾輩は帰宅することにした。……うーむ、やはり精霊様にこの世界の常識を教えて貰わないと駄目かもしれぬ。
家に帰るとすぐに吾輩は部屋にあるベッドに飛び乗った。
すると何故かいつも以上に眠気を感じたのである。
(うーん……なんか妙に眠いな。まあ、昨日色々あって疲れていたからか。……まあでも特に問題はないだろう。……それよりも、今日はいろいろありすぎて大変な一日だったが、その分楽しい時間を過すことができたのはとても良かった)
そしてゆっくりと目を閉じていきながら今日の出来事を思い返していた。……そうだ。今度の休みの日にこいつを連れて散歩に行こうかな。きっと喜んでくれるだろう。……よし!決めたぞ!次に行くときは公園に連れて行ってやることにしよう! 楽しみにしているぞ!吾輩の家族よ!
***
あとがき 読んでいただきありがとうございます。
今回は前回と違って短めのお話でしたが如何だったでしょうか? 
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それでは~

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