アイドルになるために高2の夏、クレーンの免許をとった。
『 今の貴女には、何も無いです 』
一瞬、寒気がした。夏休みに入る前だというのに、入道雲は青い空で息をしているのに、白のワイシャツが少し肌に張り付いているのに。寒かった。
( えっと…それは… )
聞き返すことも出来ませんでしたね。2回もこの言葉を聞きたくはなかったので。でもこんな強い言葉を発した担任の先生の顔は真剣で、キミカゲの未来を誰よりも考えてくれていた。だから、何か間違ったことを言っているんだなこの人は、みたいな疑心はなくて。ただ真っ当な、純粋な、真実を。渡されたような気がして、高校2年生のキミカゲは妙に納得したのです。
𓏲𓂅𓂅
キミカゲは昔から未来を見据えることが大の苦手でした。未来のじぶんへの信頼が微塵もなかったので、夏休みの宿題は貰った瞬間終わらせていたし将来の夢があっても叶えられるかわからないという恥ずかしさからあまり口にはしませんでした。でも、その瞬間は嫌なほど平等に、高校2年生の夏を迎えた生徒たちに、その機会は訪れました。
【 進路調査票 】
お〜ってなった。来たか、みたいな。これが進路調査か、みたいな。中学生の時も書いたはずなのに現実味?がこっちのがすごくて、重たくて、宿題は貰った瞬間終わらせるくせにこの紙にはずっと何も書けないままでいた、ほんとに。
キミカゲの周りの子たちはすごくて、もう大学とか専門学校とか就職先とか決めてて、まじかってなった。ちょっと悔しかった。
あれやこれやと考えていても紙に書くことはできたけど提出することが出来なくて、気がつけば期限を過ぎていて。とうとう担任の先生に呼び出される始末。なんて答えようか、どう誤魔化そうか。そんなことを考えて担任のもとに向かったはずなのに。
『 えっと、東京で、アイドルします 』
じぶんってアホなんかな、って。思いました。
それまで悩んでたのに、この時間の凌ぎ方ばかり考えていたのに、スパッて口から出ました。
『 東京で?アイドル?ほ〜。 』
担任の先生はいつも心に侘び寂びを持った狂歌人だったので、まあまあクレイジーで。しかもこの高校の卒業生で、図鑑ってあだ名を付けてしまうくらいに花の品種名に詳しく、農場を勝手に使ってどっかから拾ってきた蓮の種を蒔いて、コソコソと育てているような人でした(農業高校だったので)。
そんなクレイジーな人が、普段からわりとにこやかなタイプの人が。すごく、すごく真剣な顔で、透き通っているけど何よりも重い声で。
『 今の貴女には、何も無いです 』と言いました。
𓏲𓂅𓂅
一応、友達に相談していました。アイドルに、なりたい気持ちを。
小学生のときにももクロのしおりんに出会って。そこでカルチャーを喰らったキミカゲはみるみるアイドルに魅了され、中学生のときにラブライブ!μ'sの星空凛ちゃんにトドメを刺され、アイドルになろうと決心しました。でもそれは、未来のじぶんが叶えることだったので、現実味がなく、いつかなれればいいな、みたいな。そんなものでした。でも、高校生になって進路を迫られた時が来てしまって。どうしようか、悩んで考えて。仲のいい友達にアイドルになりたいことを打ち明けたら、誰もその夢を馬鹿にはしなくて。
「 今すぐ!叶えた方がいい! 」
と、無垢な気持ちで背中を押してくれました。
その日から謎な自信が湧いてきて、じぶんアイドルになれるかも、って思っちゃったりしちゃって。進路調査の呼び出しで言おうって決めて、でも絶対言えないだろうなってうじうじしてて。でも結果的に何も考えずその夢を口にできて、やっと一歩近づいた気でいたのに。
『 今のじぶんには、何も、無い、? 』
突然の寒気に身震いして、途方もなく、間の抜けた顔をしてしまったな、という記憶。
𓏲𓂅𓂅
一瞬時が止まったかと思いきや、
『 何も無いって!何ですか! 』
担任の先生の胸ぐらを掴む勢い(大袈裟ではなく)くらいの声量で聞き返してみた。ちょっと、いや、だいぶ悔しかったから。
アイドルの夢を否定されるならまだしも、今の、存在している現在のじぶんを、否定されたから。
『 アイドルになれるような、アイドルになっても応援して貰えるような魅力が、感じられないなと 』
担任の先生は至って冷静。間違ったことや必要以上のことは言わない。そういうところが尊敬できる人で、今でも仲良しです(メル友でお手紙の交換もするし、プレゼント交換もする)。
その言葉を受けて、キミカゲも一旦落ち着いて。
( いや、確かに )
って納得して。確かにそうやな、そうやわ。ってなったのです。あと、アイドルになる夢に対する【本気度】が伝わってないことに気がつきました。たぶん、こいつ、なんも考えんと言ってるやろ、みたいな。そんな捉えられかたされてもおかしくないなとも感じたし。その瞬間、突然の危機感というか焦りに襲われて『 やったるか 』になりました。キミカゲ、本気モードに突入したのです。
『 絶対!アイドルになるから! 』
『 はい、頑張ってください。 』
𓏲𓂅𓂅
【本気度】の伝え方。言葉で伝えてみるのか、それとも行動で示してみるのか。どちらが一番不純物無く表されるのか。考えに考えた高校生のキミカゲが下した決断は【行動】で、それが、【5t未満クレーンの免許をとる】ことでした。
文面だけ見たら、じぶんアホなんかなって、これまた思いました。でも、今から成績を上げるとか、遅刻しないとか、保健室行かないとか、運動会ちゃんと出るとか。色々あったんですけど、なんかどれも違くて。東京に死ぬ気で行きたいことと東京でアイドルやりたいことを周りの大人に納得させるためにはこれしかないって本気で心の底から思ってました。
まず、なぜクレーンなのか。本当はフォークリフトが良かったんですけど、フォークリフトの講習は秋にしかなくて今すぐとれるそういう大層な資格はクレーンしかなくて。漢検とか英検とかもあったけど、まず講習料金が高くてそこでも本気度が見せられるかなと思いました。
そして、なんかおもろいなってなったから。例えばオーディションとかで「何か資格とか持ってます?」って聞かれたときに『 はい、5t未満クレーンの資格持ってます 』って言ったら、間違いなくウケるというか、君影ランを覚えて貰えるなって。あと車の免許持ってないのにクレーン持ってるのもおもろいかなって。この感覚は結構良かったです、東京に来てアイドルしてて大体ウケます(ウケたい人におすすめの資格ではある)。
あと、メンタル的に落ち込んだ時とかに『 まあ、クレーンの免許持ってるしな… 』ってなれます。最終的にそこに帰結できるというか。ポジディブなオチがつけられて、自己肯定感も上がります。
さっそく講習会の申し込みをして2万円ほどの講習料金を支払って、夏休みに挑みました。
講習内容は、ただひたすら授業を受けて基本的な操作や危険なことの例を学んで、そのあと実技。実技は学校内に設備があったので全て高校の敷地内で取得できました(ありがとう、農業高校)。
記憶が正しければ2日か3日かけてそれが行われて、最後に実技の試験があって無事修了。
その時確信しました、これで東京でアイドルになれるって。
𓏲𓂅𓂅
5t未満クレーンの免許を取得した高校生のじぶんの魅力がどう上がったのか、表れたのかはわかりませんが。担任の先生は、そんなキミカゲをちゃんとひとりの人間として認めてくれました。東京に行くことも、アイドルを目指すことも、全て受け入れて、一緒に進路を考えてくれました。
それに、なんだか嬉しそうでした。3年間クラス替えも無いし担任が変わることもない学校だったのでそれなりに絆的なものが生まれていて。担任の先生は、当時からキミカゲの文章力を認めて評価してくれていたし、キミカゲが書いた様々な作品を1つたりとも零すことなく保管してくれていました。だから、そういった面で認められていると思っていたから、何も無いですよって言われてショックだったんだとおもいます。でもそんな安心しきったキミカゲに火をつけたのは担任の先生で、その火の付け方も上手やなって今なら思います。
結果的に高校3年のときにアイドルだけじゃ東京には行かせられないということになり、バイオテクノロジーの専門学校に進学することになり、その進学費用を掻き集めるために奨学金バトルが始まるわけですがそれはまた別のとこで話せたらな、みたいな(興味あるかわからんのですが)。
個人的に高校2年生の夏は、人生が変わる出来事がたくさんあって。この資格取得もそのうちのひとつだったんだなと。当時はじぶんの人生は散々でもうなんの未来も無いなって絶望しきってましたが、今振り返るとそんなこと全く無くて。むしろ、過去のじぶんナイス、って抱き締めたいと思うくらいに。
𓏲𓂅𓂅
無事、そんな夏を終えたキミカゲはしがない農業高校生としてそれなりに青春を謳歌し、普通校では学べないようなことや体験を経て東京にくるのでした。
『 別に免許要らんやん 』
この文を一通り読んでそう感じる方もいらっしゃるかと思いますが、結構ガチで必要でした。アイドルになるためにこの資格が必須で全アイドルが取得している訳ではないですが。高校2年生のキミカゲが等身大のじぶんで【行動したこと】に全ての意味があるのですよ。
言葉ってすごくて、なんでも言えるんです。じぶんも言葉が大好きで、たくさん触れてきたからこそわかります。言葉は救いにもなれば、ときに凶器となり得るのです。怖いです。なんでも言えるから、結果的に叶わない夢や現実も言葉に出来ちゃって。形にならなくてもそれは残らなくて。それじゃ意味が無いから、キミカゲはアイドルになりたい本気度を行動で示すことを選択しました。間違いなく、大成功です。その行動力が今の活動や今までの結果になっているので。
行動することによって、未来のじぶんに何の信頼もなかったキミカゲが未来を見据えて動いて夢を叶えて日々を生きています。行動は『 目に見える愛 』です。キミカゲはこの資格を取得してアイドルになると決めたとき初めてじぶんを愛せたのだと思います。ちゃんと行動して、目に見える形で残して、それを道標に進んできた。何も間違っていなくて、純粋で、正しかったと思います。
それに、いつだって過去のじぶんも愛せます。過去のじぶんは未来のじぶんを幾分か生きやすくするために行動しています。『 過去のじぶん、ナイス 』って、この歳になって感じることが段々と増えてきました、嬉しいことです。
なんだか今のじぶんに自信が無いな、とか、代わり映えない毎日だな、とか少しでも感じたら。なんでも良いので行動してみてください。
ほんとなんでもいいんですよ。新しい歯ブラシ粉買ってみるとか、枕の硬さ変えてみるとか、それこそ何か資格を取得してみるとか。そういう過去のじぶんが取ったひとつの行動が、未来のじぶんをより生きやすくより輝かしくすると思います。
そして改めて、その行動という手段で、キミカゲのLIVEに来てくれたり会いに来てくれたりするそのひとつの行動で、じぶんはとても愛されているし救われているなと感じます、ありがとう。
中には、5t未満クレーンの資格を持っているキミカゲの『 センス 』を支持してくれている方も多くいて、それにも救われています。センス無い人生嫌なので、これからもアンテナ張ってセンス磨いて生きていこうと思います。
𓏲𓂅𓂅
茹だる暑さと、ちょっと湿気を含んだ風が頬を掠める夏の日にいつもこの事を思い出すキミカゲなのでした。
おわり