君に捧げる、この覚悟


表彰台の舞台の袖、僕はずっと待ってくれていた恋人を迎えにいく気持ちだった。

夢見たのは、小説家だった。
小学生の頃、ヒロキがプロ野球選手に憧れ、ダイスケがパイロットを目指したように、僕は小説家になりたかった。
だけど、内気な僕が2人と違ったのは、夢を夢だと堂々と言えなかったところだ。
こっそりと自室で鉛筆を走らせたらノートは少しずつ増えていった。

でも僕は、それからもずっと自分の書いたものを誰にも見せず机の中で腐らせて、いつしか頭の中のあれこれを書くこともやめてしまった。
ただ自信がなかっただけじゃない。
僕は怖かったのだ。
この夢が叶わないと知ることが怖くて、何もできなかった。
自分を守るがあまり、真剣に向き合うことを避けていた。
そして、そんな自分自身にどんどん嫌悪は募っていった。


そんな僕だから、今、ステージ降り注がれるスポットライトは舞台袖から見ただけでも眩しく見える。
数分後には僕の名前が呼ばれることになっているなんて、今でも、たぶん、明日になっても信じられない。

だけど、夢は確かに僕に振り向いた。

僕の夢はずっと僕を待ってくれていたのだ。
ただ僕が迎えにいくのを…
そう思うと、まだステージに立ってもいないのに目頭が熱くなってくる。

僕は、もうそこに君がいないんじゃないかと怖くて、二の足ばかりを踏んでいた。
でも、ただ僕が覚悟を決めて、向き合うだけでよかったのだ。

恋焦がれた人。
スポットライトの光の中、確かにそこに想い人が立っているように見えた。

あぁ、僕は自分のためにずいぶん君を待たせてしまったんだね。
ごめんね、本当にごめん。
やっと本当に君に会えることが、僕はたまらなく苦しくて嬉しい。


ついに抑えきれずに、僕は口元を手で押さえた。
どうしても、こみ上げてくる感情をコントロールできない。
こんなに無様な表彰式があるだろうか。
だけどこれまで、まだ見ぬ人をどうしても諦めきれずに、未練がましく思い続けてきた。


やっと、触れることができるのだ。
胸を張って笑っている僕なんて、嘘だ。
僕の気持ちは、もっと惨めでもっと切実だった。


あぁ、ありがとう。
待っていてくれて、ありがとう。


履き慣れない黒の革靴で、僕は泣きながら表彰台へ歩いていく。

僕はこの先を、ずっと君と歩いていくんだ。



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