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天才になり損ねても



「オレは、天才になり損ねたんです」

男は言った。
真剣で、深刻な面持ちだった。

私は、ため息よりも目まいがした。

やっぱりこんなさびれた町のお見合い企画なんて参加するんじゃなかった…
田舎の町コンなら、掘り出し物があるのでは、と深夜の悪酔いテンションで半月前に参加申し込みをしたのは誰だ。三和子と私だ。

「はぁ」

なんとも答えようがなく、仕方なく相槌を打つ。こちらも、真剣に参加申し込みしたわけではないのだ。この人を無下にはできまい。

「あの、君は占い師なんですよね?プロフィール欄に…」

…三和子め。
人のこととなると徹底的に遊び倒しやがる。

「えぇ、まぁ」

曖昧な返事に不信感を持つでもなく、男は続ける。いやいや、怪しんでくれよ。

「過去のこと、ちょっと見て欲しくて……
オレ、子供の頃は、『何か人に喜ばれるものを与えられなければ、自分には価値がない』と思ってたんです」

なにやら、急に、私と彼のテーブルだけ、心理カウンセリングの様相を帯び出した。

「でも、ダヴィンチやエジソンみたいには、なかなかなれない」

この男、これで至って真面目なのだ。
ダヴィンチやエジソンなんて「なかなか」どころか「到底」「限りなく」なれない。

無言の私を気にもかけず、男は頭をかきながら、さらに続ける。

「世の中に名前を残すほど、人に何かを与えられるようになるって、本当に一握りの人間なんだなぁって」

なるほど、やっとそこに行き着いたらしい。

「それで、オレ、その時思ってしまったんです」

そこで一息つくと、憂いた声で、本当に悔しそうにこう言った。

「それじゃあ、オレは人のためじゃなくて、自分のために生きることにしようって。
オレは、『オレが楽しい』とか『オレがうれしい』ってことを生きる価値にしたんです…」

懺悔するようにうな垂れた頭に、私はなす術もない。いや、どうしろと。

「オレ、あの時、自分を許したんです。何にもなれない自分を、そのまま許したんです。だけど、もし、もしあの時……」

男は、それ以上、言葉を続けなかった。

「もし、あの時、自分を許していなければ、あなた、死んでましたよ」

続きを拾ったのは私だった。

「そんな風に、自分をいじめながら生きることないです。自分を守るために、自分を許すことは、意味のあることです」

私は、男にハッキリ言い切った。
プロフィール設定を守って、占い師を演じきろうと思ったのではない。

「あなたが天才になることなんて、別に望んでいないんです。あなたが天才になりたいのは、実際誰かのためじゃなくて、あなたのためなんです。それより、あなたが今日幸せに生きることが、誰かの幸せな今日を守ることになって、だからその今日に意味があるってどうして思えないんです?それこそが、あなたの弱さです」

口から言葉はつるつると流れ出し、止まらなかった。
そしてそれは全部、自分に言った言葉だった。




「つる子、地元に帰っても、電話してきてよ」

三和子は、駅のホームで、最後に小さな声で短く言った。
新幹線の中から、振り返ると、彼女はしかめっ面に涙を溜めていた。
その言葉が、彼女のためではなく、私のためであることを、誰より分かっていた。

「うん」

軽く手をあげると、三和子はその手を握った。

「絶対」

そうして、気がつけば私、車窓の流れる景色を横目に生まれ故郷へと向かっていた。
三和子は、ある夕方、包丁を片手にベランダに立っていた私を、人一倍心配していたのだ。



私には、目の前の男を救おうなんて気持ちは毛頭なかった。
ただそれは、過去の自分への苛立ちが言葉になったものだった。

「それでは、男性の皆さ〜ん!席をご移動ください」

すずやかな女性のアナウンスが入り、その男性はゆらりと立ち上がった。

「出過ぎたことを、すみせん」

私は、早口に言った。
自分が何を言ったのか、もうすでに覚えていないが、ずいぶん失礼な物言いだった気がする。

「いえ、いや、あの…」

男性は、もごもごとしゃべった。

「あなたが初めてです。こんな話、真剣に聞いてくれたの…」

それは、やっと聞き取れるほどの小さな声で、それまでの彼の様子とは全く違った。
そして、少し何かを咀嚼するように宙を見た後、うれしそうに言った。

「さすがだなぁ、占い師さん」


三和子、今日はあんたに電話するよ。
バカみたいなお見合い話と、私が掘り出した物について、話してあげなきゃね。



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