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声の響き


勢いよく駆け込んだ、靴の音。

「すみません!ありがとうございます」

たったそれだけ。

ガタン、と閉まるトビラ。
動き出す、バス。

走り出そうとするバスを止めて、乗車した若い男が、短く言った一言に、私はピクリとアンテナがあったのだ。

バスが止まってくれることも、親切にされたらお礼を言うことも当たり前?
でも、その一言がとても気持ちよく聞こえた。
爽やか、というのとも違う。
口から漏れた本心だ。
だからこそ、本当に人を写している。

ーーそういう人間になれたらなぁ。

そう思った途端、彼への興味がぐわんと膨らむ。

ーーどんな人だろう?

プレゼントを開けるときのようなワクワクが知らず知らず胸に沸き起こる。

ーー少しだけ、少し、見るだけ。

そろり、振り返る。
白い靴下とローファー。それから、ダボっとした緩めのズボン。マッシュ型のサラサラしてそうな髪と、ニット帽。
若い、サブカル風の男の子だった。

ーーへぇ。

今しがた聞いた、彼の声を思い出す。
申し訳なさや焦りが少し混じった声。

きっと優しいのに不器用そうなところが好感が持てた。

私が家庭教師に行く家の生徒が彼であると、知るのは少し先の話ーー


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