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ハニーレモンと口内炎



ベロの側面に口内炎ができたのは、ちょうどハヤトと別れた翌日だった。

何を食べるにも、わずかな痛みが伴って、そのうち私は痛みを食べているみたいになった。

昼過ぎまで眠り続けてみても、栄養ドリンクでビタミンCを摂取してみても、一向に治る気配はない。

口内炎にビタミンCがいいなんて、結局嘘だったんじゃないだろうか。
ストレスがかかるとすぐに口の中に2.3個の口内炎をつくってしまう私に、
ハヤトはいつも「ビタミンCをとって」と、ハニーレモンを食べさせた。
傷口に染みるから嫌だと拒否していたのに、その濃密な甘さと酸っぱさの混ざり合いに味をしめた私は、
口内炎ができると自らハニーレモンを申請するようになった。

ハヤトの料理はいつも適当だった。
その日その時の気分で作るから、同じメニューなのに、美味しかったり美味しくなかったりした。
そして、美味しかった時にだけ決まって、

「うまっ、天才だ」

と1人で絶賛する。
自由な人だった。自由な生き様が、楽しかった。


ハヤトは、ハニーレモンだけは、ずっと同じ味だった。



たぶん、口内炎がちっとも治らないのは、あのハニーレモンがないからだ。
あれさえあれば、すぐ治る。
あれさえあれば、簡単なのに。

よりによって、ベロの側面にできているものだから、気になって口の中でもごもごとベロを動かしてしまう。
気がつくといつも少し血の味がする。
睡眠も、ビタミンも、何の効果も発揮しない。


口内炎が治らないから、あの日からずっと、私は痛みを食べている。


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