pants/パンツ/ズボン/を脱いだら?

安心してください、はいてますよ の文法とは


少し前、Britain's Got Talentという多ジャンルオーディション番組で「とにかく明るい安村」氏が決勝まで出た。快挙だ。

安村氏の芸は「安心してください、はいてますよ」が決め台詞、全裸に見えるがパンツをはいている、というぽっちゃり体型を利用したビジュアル芸である。これが会場のオーディエンス巻き込んでの大盛り上がりになったのだが(イギリス人て結構バカネタ好きですよね)、この時、日本にはないコール&レスポンスが起きた。

安村氏「Don’t worry, I’m wearing…」

観客&審査員「pants!!!!!」


会場中が声をそろえて「パンツ!!!」と大合唱する。この光景がネタの愉快さとナンセンスさを倍増していたのだが、このパンツ大合唱、ある英語の文法が理由で起きている。

「他動詞」と「自動詞」だ。

英語の動詞には大まかに分けて3つの種類(働き方)があり、物事を説明・定義する「Be動詞(類)」(Be動詞や知覚動詞の一部用法)、何かに作用するアクションの「他動詞」、自分に作用するアクションの「自動詞」である。他動詞と自動詞を合わせて「一般動詞」としてくくることもある。

この自動詞と他動詞、なかなか意識しづらい分類なのだけど、自分の中できっちり「違うものである」と意識すれば多読にも役に立つし辞書がとても引きやすくなる。英文構造の把握もうまくいくし誤読を大幅に減らせる、といいことづくめの地味オススメ物件である。

他動詞は「目的語を取る動詞」とされ、自動詞は「目的語を取らない動詞」とされる。

正直、学生時代はなんのこっちゃで右から左に流れていったな、この説明。

この説明が腹落ちしにくいのは、「結果的に起きた現象」(=目的語を取る/取らない)を持ち出していて動詞の根っこを説明してないからだと思う。自分は根っこまですぐわかった、という人は英語センスがあってまことにうらやましいが、取り残されたセンスのない人間を舐めてはいけない。理解できないものは理解できないし謎はそのままヘドロのように堆積して年々深くなるばかりなのである。ドヤっても虚しいが。

でまあ本題に戻って、「他動詞と自動詞」とは何なのかと言うと、前述したこれに尽きる。

●何かに作用するアクションの「他動詞」
●自分に作用するアクションの「自動詞」


・Be動詞(類)=説明や定義・描写の能力でモノに属性を与えるいわば「ステータス付与」性能
なら
・一般動詞(自動詞+他動詞)=モノに力や影響を与える「アクションボタン」
と言える。
一般動詞の「アクション」の力がどこに向いているかが、自動詞と他動詞の分かれ目だ。

●自分(主語)に向く→自動詞
●他者に向く→他動詞


となる。
自動詞が目的語を取らないのは、「主語がこう動きました」で話が完結するからだ。自分だけその場でジャンプとかそういう感じ。外界へ向かないアクション。
逆に他動詞は「主語が何かにアクションする」ので、「何を?」という付帯条件が常に貼り付いている。「私は殴った」→「誰を?」「彼は買った」→「何を?」という具合に。
自動詞は自分(主語)だけで発動可能だが、他動詞は対象を必要とする。
これが「自動詞は目的語を取らない、他動詞は目的語を取る」の正体である。


この話だけならすっぱり分類できてわかりやすいのだが、理解のハードルを上げるややこしさが主に3つある。
・動詞のほとんどが自動詞と他動詞両方の意味を持つ
・似たような意味でも動詞によって他動詞だったり自動詞だったりする(例:しゃべるという意味のtellは他動詞、talkは自動詞)
・句動詞にも他動詞と自動詞がある

が、とりあえずその解説はまたの機会にして、最初の話に戻ろう。
とにかく明るい安村氏の「pants!!!!」現象である。

安村氏「Don’t worry, I’m wearing…」
観客&審査員「pants!!!!!」


I’m wearingの動詞wearは「着ている」という意味で、これは「他動詞」なのである
wearには自動詞用法もあるのだけどそっちは「時が経って古びた」という意味で、「着る」用途に使うときは「何を着るか」の目的語を必ず取る。
必ずだ。

安村氏「Don’t worry, I’m wearing…」←目的語がない。
観客&審査員「pants!!!!!」←欠けている目的語を補完せずにはいられない。

こういうことだ。
Twitterでも指摘している人々がいたが、あの大合唱は「wearが他動詞だから」起きた、英文構造上不可欠の合唱だったわけです。

無理やり日本語に直せば、
安村氏「安心してください、はいて…」
観客「ますよ!」
みたいな、文の最後を足して締めずにはいられないノリのコール&レスポンスが起きている。
意図的なら非常に策士だけど、実際は何も考えずにやったらああなったというのがまた味わい深い。

「着る=wearだから、はいてますよはI’m wearingでいい」は、日本人感覚では一見正しいが、そこには自動詞と他動詞の区別がすっぽり抜け落ちている(多くの人のデフォルトだと思う)。はからずも、その欠落が生んだ妙があの「pants!!!!」大合唱なのだ。


pantsを脱いだら尻は見えるか?


で、つい前置きがメインになっちゃったが、そもそも書いておきかったのはこの「pants」という単語について。
ズボン脱ぎがちなロマンス小説ではとっても頻出語なのだが、英米で意味が違ってくるので要注意です。
そもそも日本語でも使い方によっては誤解を生むよね。風呂上がりの人が「パンツ一丁」になればそのパンツは下着だが、スーツ姿の人が「グレーのパンツ」を履いていると描写されればそれはズボンのことになる。同じことが、海をはさんだ英米で起きている。

安村氏の「Don’t worry, I’m wearing…」「pants!!!!!」のやりとりはイギリスのオーディション番組だ(ライセンスでアメリカでも同様の番組があるがそっちはAmerica’s got talent)。
つまりイギリスではpantsは「下着」。
ズボンはtrousersと呼ぶことが多い。

一方のアメリカでは、pantsは「ズボン」を指すことがほとんど。カナダもそう。
下着のパンツはunderwear (総称)、brief shortsなど (特定種類)と呼ぶ。
trousersという言葉はとても年寄りっぽく聞こえるそうです。タートルネックを「とっくり」と呼ぶようなもんかな。あとフォーマルなズボンという感じになる。

そもそもpantsは「pantaloons」(パンタロン)というぴっちりしたズボン(時にタイツ)の省略形だが、そのぴっちり感からイギリスでは「トラウザーよりアンフォーマル→下着」という意味の変化を起こして今に至る。
一方、アメリカではその変化が起きずにpantsはpantaloonsの意味を持ったまま「ズボン」を指すようになったようです。

パンツを脱いだ時のパンツはどっちのパンツなのか、ロマンス小説を読むときには舞台がどこなのか少し頭に入れておくと「今パンイチなのか丸出しなのか…」と迷わなくてすむことでしょう。

ちなみにオーストラリアではズボンのことをpantsともtrousersとも呼ぶそうで、そこは英米折衷な感じありますね。短パンだけはshortsと呼ぶ(これはアメリカもそう)。
じゃあパンツ(下着)はどう呼ぶかというと、undiesと言うことが多いらしいのですが、小説ではunderwareが多いかな。これは国外読者へのわかりやすさを優先してるんじゃないかな。

蛇足ながら。

見ればわかるように、trousers もpantsも複数形。これは「足を入れるところが2本あるから感覚的に複数」っていう、これまた日本人を悩ませがちな「お気持ち複数形」のしわざですね。
複数形の話はまたそのうち。

蛇足その2で、wear the pants とかwear the trousers と言うと「家庭の実権を握る」こと、妻側なら「夫を尻に敷く」ことを意味します。
家庭の実権が男側にあってズボンを履くのは男に限られた時代の言い回しなので、今世紀中には化石になりそうな気がしています。瀕死のことわざですね。

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