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今日は…思い出に深ける

今宵のカレーは、冬瓜とエビのカレー、ベンガル地方の家庭料理です。ココナッツがきいた然程辛くないカリー(インドおかず)です。

今日は一日なんとなくはっきりしない雨模様の天気だ。私は何もすることもなく、昨夜のお酒のせいか、胃がキリキリしているし、ぼーっとしていた。明日はお天気が少しよくなるようだ。どうしよう…。

ふと何故か高校生の時に、授業をさぼった時のことが、思い出された。私の通っていた高校は、一応その地域では、一番優秀な進学校で、校則はかなり緩かった。女子は全体の3割弱しかいなく、しかも私は理系クラスだったから、女子はクラスに数人しかいなかった、つるむ友だちもなく、いつも教室からベランダに出て、ぼーっとしていた。そんな時いつもベランダの奥になにげなく立って、眩しそうに景色を眺めてる男子がいた。サトシ…、あいついつも何してんだろうと思いつつ、お互い声をかけるでもなく、ぼーっとしていたわけだが。

その日は、はっきりしない天気、2限めだっただろうか、無性にひとりになりたくなって、授業が始まる前に教室を抜け出した。私が所属していたマンガ研究会、美術部、文芸部の部室が連なるおんぼろ校舎の横を抜けて、トタンでできた塀の端から外へ…、七八十センチくらいある段差を飛び降りて、道を挟んだ向にある喫茶「蘭豆」の扉を開けた。昭和の喫茶店の入口らしいチリリンという音がして、外開きの扉を引いて入ろうと、室内に目をやる。そこは煙で視界が悪がったが、学ラン姿の客が数名ソファーに座り、喫煙していた。ぎょっとして、私は急いできた道をもどり、しかたなくマン研の部室の汚い長椅子に腰掛け時間を潰すことにした。欄豆のパフェが食べたかったな…。正確にはマンガ研究会は我が校唯一の同好会で、写真部の部室の一角に間借りしていた。そういえば欄豆の客にサトシがいたな…、あいつ煙草吸うんだ。

少ししたら、煙草臭を纏ったまま、欄豆の連中が帰ってきた。隣の文芸部の連中だったようだ。そうかサトシも文芸部。なんやら騒いでいる、気になって、覗きにいくと、ピアノ弾きのユウキが踊っている、手にはウイスキーの小瓶。その向うで学ランの前を大きく開いて内ポケットからピー缶(煙草のピース丸缶)を出してるやつ、たしかあいつはヒロシ、生徒会副会長件応援団長。そしてサトシは壁に寄りかかるようにして床に座り込み、本を読みふけっている。何読んでるんだろう。

初めて彼に話かけた。

「何の本?」

 「フロイト」

「それ何?」

 「次号の同人誌、読んで」とだけ言って、また読みだした。

そろそろ昼休みの時間になる。混雑する前に何か買ってこようと立ち上がった時、

「よかったよ、操り人形」

サトシの声がした。

「操り人形」、それは私が同人誌に投稿した物語だった。振り返ると、何も変わらぬ姿勢で本を読んでいた。

昼休み、弁当をもって部員が次々とやって来て騒がしくなってくるころには、私は教室のベランダに戻っていた。午後はどうしようか…、サトシが戻ってきた。

「ナツミって、いつもガム噛んでるじゃん、あいつ一枚のガム、一日中噛んでるんだぜ、すごくない?」(ナツミは、学年一スカートが長い所謂不良)

急な言葉に少し驚きながらも「ふ〜ん、昼飯食べてる時とうしてんだろ?」と応えた。

サトシがニヤリと笑った。「午後どうすんの?」

「え、4限まで出るよ」

 「じゃ、その後、砂時計に行こう」(砂時計は、パチンコ屋の2Fにある喫茶店)

「うんわかった」

4限が終ると同時に、私たらは無言で教室を出た。部室の横を抜けて例のトタン塀の端から外へ。

砂時計に入ったのは、初めてだった。テーブルが全部ゲーム機で、サトシは座るなり百円玉を入れてゲームを始めた。「チっ」サトシが舌打ちした.負けたらしい。鞄からセブンスターを出し、砂時計のマッチで火をつけた。また百円玉を入れ、ゲーム開始。私はメニューを見て、フルーツパフェを注文した。サトシは「ホット」と慣れた注文にドキっとした。ウエーター、見た事あるな…。

「あいつ2組のタカオだよ、ここあいつんちの父さんの店、下のパチンコ屋もさ」

そんな言葉を無視するように「フロイトって何?」私は訊いた。

「だから俺の投稿読めって、説明は難しいし面倒だ」

私は少しむっとした。注文したパフェがきたので、ひたすら食べた。サトシは変わらず煙草を吸いながらゲームをしている。

あらかた食べ終った頃に、サトシがやっとゲームをやめた。

「操り人形、持ってんの?」

 「持ってないよ」

「やっぱそうか、操り人形はお前だろ?」

 「え…」

そうだよ私だよ悪かったなと、心の中で呟いたが、実際は何も応えなかった。サトシはコーヒーのお変わりを注文して、話続けた。話の殆どは小説とか読み物のこと。太宰治とかショウペンハウアーとか坂口安吾とか。

「おまえ、マンガ以外読んだ事ないだろ」

 「小説も読むよ」

「なに」

 「ジョン・アービングが好き」

「ライ麦畑か…」

 「えっそれはサリンジャー」

「同じようなもんじゃねーの」

 「全然違うとおもうけど」

「ふーん」

時間を忘れて話し込んでいたらしく、時計の針は七時を回っていた。

外は真っ暗。サトシとバス停で別れた。家に着くと母親が鬼になっていた。何やってたんだと聞くし、心配して担任に電話したという。まいったな。

次の日の朝、学校に着くなり担任に呼び出された。何をして遅くなったのか聞かれた。絵を描いていて夢中になったと嘘をついた。これから気をつけるよにと注意されるだけで済んだ。職員室を出ると、タカオが通りかかった。私の様子を見て、ニヤッとした。私は無意識に立てた人差し指を口に当てていた。

教室に戻りベランダに出るといつものようにサトシが立っていた。私に気がつき、職員室は健やかだったか?と茶化した。

「今日は3限が体育だから、俺は時化るけど、どうする?」

 「私は時化ない」

「ふ〜ん」

 「フロイト、貸して」

鞄から出して手渡された本は、かなり読み込まれ、付箋がたくさんついていた。

「これもいいよ」

カセットテープ? ピンクフロイド…

家に帰って本を開いたみたが、その当時の私には、まるでチンプンカンプンだったと記憶している。同人誌の投稿もよく分からなかった。暗いな…くらいの感想だった。カセットテープを聴いてみた。今まで聴いた事がない世界だった。何だか悲しくなり、涙が少しだけ溢れた。

高校生のころは、ちょっと変わった人に囲まれた毎日だったので、とても楽しかったな…。変人だったのに、割とまともな職に就いてる。サトシはW大を卒業後、大手出版社で編集をしているらしい。ピアノ弾きのユウキは、家業を継いで神主に。副会長のヒロシは、教員。タカオは分からない、名字が変わったらしいと聞いたきり。マン研の先輩女子は図書館司書、会長だった先輩男子は地方公務員だ。

そして私は、18でその街を出てから滅多に帰省しなかったので、行方不明という噂らしい (笑)


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