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超年下男子に恋をする㊺(追えば逃げるし逃げても追わないはぐれメタル)

 童貞男子というものは恋愛に夢見がちなところがある。
 実際裏での女子たちの会話を聞いていた彼は、

「僕、もう彼女なんていらない! 怖い!」

なんて言い出した。

 そしてさらにはこの私。付き合っているわけではないけれど、一番身近な異性だったのは確か。そしてよくごはんに誘ったり映画に誘ったりするし、一緒にいたがるものだから、彼はめんんどくさがるようになっていた。

 でも私は全然しつこくないし、彼に無理強いしたことなんてない。それでも彼は誘われて、予定を考えるだけでもめんどくさいらしい。

 あれだけ「彼女ほしい」とか「恋がしてみたい」とか言ってたくせに「彼女いらない」「そんな時間ない」とまで言い出すようになっていた。

 なんとなく、彼女ができたら楽しいばかりじゃないというのがわかってきたらしい。

 LINEの返事が遅いことも私はすごく嫌で、嫌われてるのかと思ったけど、

「僕、LINE苦手って言ってるじゃないですか!」

となぜか彼の方が怒る。

 そもそも彼は日本語が不自由というか、バイトでの業務連絡とか報告とかも超苦手でよく私が代筆していた。

 バイト先に提出しなければならない個人書類も、彼がいないのでなぜか店長は私に書かせるし、私が通訳みたいなところもあって、彼の言いたいこと伝えたいことをまとめたりもした。

 私は彼が文章だと言葉足らずでそっけなくなることは知ってるし、書くのにうんうんうなりながら時間がかかることも知っている。

 LINEがきただけで返事の内容考えるだけでストレスになってそのまま放置で既読無視もよくあるのは知っている。彼のともだちが彼にLINEではなく電話するのもそれが理由なのかもしれない。

 じゃあ、電話ならいいのかというと、彼は家にいたらまず電話に出ない。

「マンションだから、近所に声が響くってお母さんに怒られるんです」

とまたお母さん理由。

「朝10時ぐらいになってもカーテンが閉まってたら近所の人に見られるから早く起きろって言われるんです」

とこんなことを言ってたこともあった。

 案外、「彼女いらない」って言い出したのもお母さんに「彼女なんて作ってる暇ないでしょ」と言われたからなのかもしれない。

 私が家の近くまで迎えにいくのも嫌がるようになったし、帰りも雪なのに

「僕、来るときまちがって地下鉄の往復券買っちゃったんで」

と嘘までついて先に帰ったこともある。

 でもこれは厳密に言うと嘘じゃなくて、券売機でまちがって二枚買ったものを帰りにも使える往復券だと勘違いしたらしくて、案の定改札で止められたというオチがつく。

 ただ私はやはりこの時不機嫌で

「雪の日は一緒に帰るって言ったのに」

とちょっと怒った。

「ごめんなさい。約束してたのに、忘れてた僕が悪いです。次から絶対しませんから」

と彼は私に謝ってきた。

 こんなふうにお母さんにもいつも謝っているんだろうな。

 別にめんどくさいなら突き放せばいいのに、なんで私の機嫌までとるんだろう。

 でもたぶんそうさせてしまっていたのは私だ。

 私は彼がもうすぐバイトを去るということでかなりナーバスになっていた。

「もう最後なんだよ……」

 私が言うといつも彼は

「これが最後じゃないでしょ」

と言って笑った。

 嘘つき……

 嘘なんてつくつもりなかったと思うけど、LINEもマメにできなくて、なかなか会ってもくれなくて、なんで最後じゃないなんて言えるの?

 不安で不安でしかたなかった。

「僕たちこれで終わりじゃないから」

 何度言われても安心なんてできなかった。

 私たちは付き合ってるわけでもないし、会いたいときに会えるわけでもない。LINEも既読がつくのが遅すぎて、さらに既読がついてからの返事がくるまでも遅すぎて、待ちわびて、ストレスにしかならない。だからもうLINEすらしなくなっていた。心穏やかじゃいられないから。バイト先で会えば、誤解もすぐ解けて、いつもみたいに

「これからはお互い気をつけましょうね」

と彼が言って仲直りするけどもうそれもできない。

 私が焦りと不安で情緒不安定になるほど、彼ののんきさと温度差がありすぎて、絶望的な気持ちになった。

 恋愛は、追えば逃げるし逃げれば追うしだ。
 ましてや彼ははぐれメタル並みに逃げ足が速い。これからは遭遇率もさらに低くなる。

 私が一緒にいたいと思うほど、彼を遠く感じてしまう。

 出会ったばかりの頃は、彼の方からそばに来たのに。

 ある時、仕事のことで私が社員の一人ともめた時、裏で口論していると、なぜか彼がそばにきて、お客さんに出すデザートを作り始めた。それがいつものことだけどやたら遅い。

 でもその場に彼がいたおかげで、ヒートアップせずに済んだし、なんだか喧嘩を仲裁するためにいる犬みたいんだな思って和んだ。

「さっきは、いてくれてありがとね」

と私が言うと

「いや、なんか、とんでもないところに居合わせちゃったなぁって思ってました」

と彼は気まずそうに言った。

 これには私も笑ってしまった。

 たまたまデザートオーダーできたら口論の現場で、困りながらもデザートを作っていたってわけか。

 でも今思えば、本当にそうだったんだろうか?

 そう思うのは、私が疲れた時や落ち込んだ時、そばにくるのはいつも彼だったから。デザートも彼が作りに来るのは本来めずらしいのだ。

 私が彼に恋さえしなければ、つかず離れずな距離を保ちつつずっと一緒にいられた?

「距離感大事にしましょうね」

 一番最初に彼が言ったこと。

 心地良い距離感というものを私も学んだ。

 人としての信頼関係は今も変わらない。元旦那との間には築けなかったもの。彼には最初から

「あなたがいなければ僕はとっくにバイト辞めてた」

とか

「絶対に僕の嫌がることはしないし、安心できる」

なんて言われていた。

 そう言われたから手も出せなくて、彼の童貞を誰よりも守ってきたのは私のような気もしている。

 彼は性感帯も未発達だから少しマッサージしただけでくすぐったいと身をよじらせる。あんなにくすぐったがるのも今思えば過敏な証拠。

 私が酔っているときや弱っているときだけ触れたがり、私から触れようとすると避けたがる。胸を押さえて緊張のピークに達してしまう。

 そうなるともう何もできない。

 このはぐれメタルを倒したら経験値も爆上がりなんだろうなぁとぼんやりと思いながらも、それでも彼を逃がしてしまう。

 なのにまた現れて、そしてまた逃げるはぐれメタル。

 どうせ逃げるなら現れないでよと思う。会心の一撃でワンチャンありかもなんて期待させられるもこちらのターンにはならない。

 それでも三月いっぱいで辞めるのだからまだあと一か月は時間がある。そんなふうに思っていたのに、はぐれメタルは忽然と姿を消した。

 それは思いもよらない理由からだった。

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