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超年下男子に恋をする⑩(年下の彼は私にとって羊肉ではなく羊毛だった)

 恋の始まりは宝物。

 たとえそれが片想いでも。

 いくつになっても関係ない。

 会えない時は会いたくなる。
 顔が見たい、声が聞きたい、
 LINEの文字が光って見える。スタンプや表情に一喜一憂。既読がつくと落ち着かない。

 一緒にいる時間は胸が高鳴り心が踊る。疲れなんかも感じない。
 脳内麻薬に酔いしれて、禁断症状出始める。
(もっと、ずっと、もっと、もっと……一緒にいたい)

 私は二人きりのデートに誘った。
 デートといっても、バイト前にお茶しようって感じ。

 彼はカフェで働きたいと思うぐらい、カフェへの憧れはあるものの、スタバも一人じゃ入れない。

 私は彼が初めて行くカフェとして、古民家を改造した行きつけの和風カフェを選んだ。

 彼が抹茶やアンコが好きだからって理由のほかに、落ち着くだろうと考えて。まあ、実際そうはならなかったけれど……。

 当日私は車で彼を迎えに行った。

 彼のマンションは車で15分のところにある。

 待ち合わせは近くのコンビニ。家出る時と着いたら連絡。
 「お待たせしました」と照れる彼。
 この頃は、まだ慣れない緊張感というか、バイトの時以外で、二人で会うことが特別だった。

 彼は古民家カフェの雰囲気と出入りする猫に喜んだ。メニューも好みだったらしく、いつも選ぶのが遅い彼にしては珍しく、抹茶ぜんざいを即決で注文。

 ところが食べてる途中から、彼はなぜかソワソワ、落ち着きがない。

 後でわかったことだけど、隣の席のカップルと距離が近すぎたことが原因らしい。警戒心が強くて臆病な彼のパーソナルスペースは広めだ。

 そろそろ出ようかというとき、私の後に彼もトイレに行き、それからお会計をすませた。

 ところが、店を出たとたん彼が突然……

「コンビニ行っていいですか? ここのカフェ、小するところしかないんですよ。でも僕、大がしたくて!!!」

必死にトイレに行く許可願い。

「え、うんこしたいの? ほら、あのコンビニ行きな! 紙はある? 荷物持っててあげるよ」

「だいじょうぶです! 紙はあります!」

 そう言って、すぐ近くのコンビニまで走っていこうとする彼だったが、ふと思い出したように私にあずけたカバンの中から財布を取りだした。

「トイレだけ借りるの申し訳ないんで! お茶か何か買ってきます!」

 そして彼はコンビニへ。

 彼が好きな女の子との初デートのあと、LINEブロックされた理由がよくわかる。

 もしかしてその時もこうだったのかもしれない。

 彼は食べたらすぐトイレに行きたくなるタイプで便秘気味。なんでそんなことまで知っているかというと、腸の長さとトイレにかかる時間まで初対面で色々聞かされたからだ。

 彼はいつも余計なことを話し過ぎる。

 この時も、ただ「コンビニ寄ってきていいですか?」とか「ちょっとお茶買ってきます」とだけ言って行けばいいだけの話。

 まあ、若い子ならドン引きだろうな……。私が若い頃でもそうだったかもしれない。
 でも、わたしはどうも彼のいいところをみつけるセンサーが働くようで、突然「大がしたい!」と言われたことより、それだけ切羽つまっているのに、私にきちんと説明しようとするところや、トイレだけ借りるのは悪いから何か買おうとしているところに誠実さを感じてしまった。

 そして彼はすっきりした笑顔で戻ってきた。
 自分の分のお茶しか買ってこないところも若い子的にはアウトだろうと思うけど、私のセンサーは「排出のあとの水分補給、よしOK」だから、もう頭沸いてるとしか言えない。

 この後のバイトなんて行きたくなかった。

 でもそれを言うと「だめですよ!」と慌てる彼。本当に行かなかったらどうしようという不安が顔に出ていた。

「行くよ。でも、またこうやってバイト前にカフェとか行こうね。次のバイトの前は?」

「週一でよくないですか?」

「週一しか会えないの?」

 私は思わず自分の不満を口にした。

「僕、一番仲いい友達だって一か月に一回も会わないですよ! 週一は最高に多いですって」

 彼がよく口にしたのは「距離感大事ですよ」って言葉。
 どんどん近くなる私をけん制するようにいつも言う。
 
 私はいつも恋をすれば一気に0距離、相手のことなんて考えない。そんな自分勝手な恋ばかりだった。

 でも彼とは「ほどよい距離感」を保つように努力している。

 羊を食べものとしてみていた狼が、羊毛にすりよりたくて、なつかせようと必死みたいに。離れていかないように……警戒されないように……。

 以前の私ならただ満たされない空腹に吠えてかみついて「週一しか会いたくないって意味?何それ、ひどい!」とか言っていたんだろう。

 でもこの時の私が言ったのは、

「じゃ、『週一でいい』じゃなくて週に一回は会いたいんだよね?」

 言葉の暗示。

 そして羊がすりよった。

「はいはい、そうですよ。週に一回は会いたいです」

 言わされてる感半端なかったけど、口に出したら自分でもそうじゃないかと思える不思議。

 だから言わせるっていうのはある意味大事だとも思う。

 人は自分で自分の言葉に一番縛られるものだから。

 それは、よくも悪くもだけど……。

 私が自虐で自分のことを「おばさん」とか「ババア」とか言って勝手に傷ついたみたいに。


 



 

 





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