シンプルな域に辿り着くまで

クラシックの譜面を眺めていて、
クラシックの楽曲を耳にして、演奏を観て、
苦しい感じとか拒否反応とか
そういった類いの感情が産まれなくなったのって、
ここ数年の話だったりする。
楽譜一つ抱えて喫茶店に入ったら何時間でも遊べる。幸せ。

逆に言えばそれまではきっとどこかで苦しかったんだな。
今は弾ける弾けないの話ではなく、面白いでしかない。
シンプルな領域での戦いなら、楽しいでしかない、そんな感覚。
ここにこれて良かった。
ここに来たい、とイメージして強く望んだから来れたのだとも思う。

純粋に音楽の話ではない部分の影響が、
なんだか音楽の話とごっちゃになっちゃって、
それでぐちゃぐちゃになってしまっていたのかもしれない。

そこからどうしてシンプルな域行けるようになったかって、

大きな影響としては、人との出逢いが会って、
その人の言葉だったり、音だったりして、
よーく考えたらそんなに簡単な話ではなかったのかなって。
その過程ではずいぶんとメンドクサイぶつかりもしてきたなーと。


そのメンドクサイぶつかりを過去かわしてきた友人と
久しぶりに話す機会があったので、
もう一度脳内でほじくり返してみた。

なんであの時、悲しかったか。苦しかったか。悔しかったか。
それが、今だったらなぜ、そう思わないか。

ジャンル超えたところでもきっと同じ。
もうメンドクサイ、シンプルでないぶつかりをしたくない。
そこを経たから辿り着いた今なのかもしれないけど、
経験としては同じような期間必要なのかもしれないけど、
また時間がかかるのかもしれないけど、
なにも、ぶつかったり傷ついたりする必要は全くない。


そして、これまで気付かなかったこと、
私が傷つくということは、相手を傷つけるということだったんだ、と。


どうせなら、過去から学んで今に生かしたい。

いつも思う。音楽に罪はない。びーもあしんぷる。にゃ。
もっかい描いて望もう。

(2011年11月1日 旧ブログ投稿記事より)

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