見出し画像

おんぶにだっこ、よっこいしょ

作業机の真正面にドラム式洗濯機があるんだけど
ドラム式洗濯機の真っ黒な扉の真ん中に
真顔でパソコンの前に座る私がぽっかりと映っている。
変なの。君は何回洗っても工業油の匂いがするな。
いい加減、洗濯機になってくれないか。
洗濯機に語り掛けちゃったけど
写ってるのは私だよ。

偉大なり両親

本当にマジで情けない話をここに綴るのですが
今日は両親が私の家を片付けに来てくれました。
私は仕事なので部屋の片隅で仕事してましたが
母は片付けが本当に上手で、一日中何かを片付けていて
家じゅうのものが捨てられていることもしばしばというくらい
片付けの手際がいいので
いつまでも片付かない私の家を見かねて
両親揃って家に来てくれました。

私今朝まで実家にいたじゃん?
自立って何???????
本当に自分のこの一人暮らしごっこみたいな感覚がぬるくて許せなくて
こう考えることにしました。

私の部屋だけちょっと移動したんだな。

わたし

それは一人暮らしではないね~

父親は大家さんが施工した謎の棚たちの乱れを修繕し、
私の手の届くいい感じのところに棚を設置してくれた。
母は前述したとおりものすごい手際の良さで私の家をちゃんと家にした。
めちゃめちゃ家になった。
部屋が途端に味方になったというか
部屋としての自覚を取り戻した。
私は仕事をしたりしなかったりした。(してよ~)
両親の甲斐甲斐しいヘルプによって整った一人暮らしの部屋。
その後私の好きなもの(中華街で書いてもらっためでたい文字、台湾の正月飾りなど)で飾り付けた。子供部屋である。

もう開き直ろう。
自分を認めよう。
自己の肯定だ。
自分を受け入れよう。
私は何駅か子供部屋を移動したのです。
だから頻繁に実家に帰るし、好き勝手やります。

好き勝手やりま~~~す!!!!

はじけたアラサー

でもそう考えることでなにかまた「~ねばならない」を脱ぎ捨てられた気がする。
根がまじめだもんで!ついついこれじゃダメだ!になってしまう。
ダメなことなんて何もない。
だらしなくても、やるべき時にやればいいし、
迷惑かけない範囲なら、自由なんだから。それが自立。(たぶん違う)
それが一人暮らしの気ままな自由さだと思う。
大人になって年を重ねると、「~ねばならない」が増えていく気がする。
特に女性は、凝り固まった幸せの像と比較されたり、それに達するまでのハードルも多くてそう感じる。
そんなもんは、自分の人生に必要か!?
私にフィットするか!?
このわたくしに、歪んだ主体性の権化のこのわたくしに、そのドレスは似合いますか???

多分似合うけど、好みじゃないからや~~~~よ

前時代的な幸せの象徴や、良しとされる自立した女性像から
自分がかけ離れているのを必死に正当化しているが
まあ何をどう考え悩みあがこうが、
目の前の課題をこなしていくことが成長への一番の近道だ。
そろそろ私は次の「なりたい自分」を練る時期に入っていきそう。
いや、本当は「自立した自分」になりたかったんだけど
それは追々ね。スタート地点はもう過ぎた。
暮らしの先にその自分がいるでしょう。

結局一人暮らししてみたら、自分の幼稚さがより濃厚になっちゃった。
でも私は自分の幼稚な部分、実はとても好きだし、
そこが強く出てしまっているにもかかわらず、
事務手続きとか頑張ってここまでこれたこと、本当に達成感があるんだよ。
幼い自分が万歳して飛び上がってるよ。

明日は初めて自宅から出社します。
寝坊しそ~~~~
日々いろんな「初めて」を経験していて楽しいな。
こうして自立していけるといいなあ。
してくれ~~~~~~!!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?