囀る鳥は羽ばたかない 第47話【アダムとイヴの林檎】
【2022年02月23日】
「囀る鳥は羽ばたかない」47話の私的ネタバレ覚書。
今回47話読んだ後2日間ほど
食欲がなくなるという大変珍しい精神状態に陥りました。
おなかはすくのよ。食べる気が起きない。
わ、私が食欲を失くすなんて…どんな時ももりもり食べる私が…
心臓ぎゅうって掴まれた。つらくて悲しい答え合わせ。
でも。でもでも。
※毎度のお約束:
以下がっつりネタバレ含みます。
登場人物の心情とかストーリー解釈とかは
あくまで個人の見解です。
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欲しいものは 何なのか――
******
欲しいもの、それは
扉絵のふたりが日常になる未来だよ!!
冒頭、七原・杉本ほかの麻雀風景から。
杉本は「4年後」初登場。電話で生存確認だけだったんですよね。
麻雀をしながら矢代のこと、百目鬼のこと。
ここで浮き彫りになる、七原の甘さ、杉本の用心深さ。
七原は甘い。多方面にわたって甘い。
行動の甘さ、判断の甘さ、精神的な甘さ。
人の言葉を簡単に信じて、騙されて死にかけること。
平田の思惑を知っても、親が子を殺すなんてと泣いたこと。
百目鬼の、矢代への想いを知ってもあまり強く咎めなかったこと。
矢代の側に長年いながら、矢代が言わんとすること、しようとしていることにとっさに気づけないことも。
城戸の弟を水責めにする矢代を手伝おうとしなかったりね。
なにより、
片目が見えない元ヤクザの若頭だった矢代を単独行動させること。
その甘さが七原の長所であり、短所でもある。
喧嘩っ早い上に腕っぷしに自信があるところが不安要素に輪をかける。今後も命に関わる危険にさらされる可能性は大きい。
でも七原本人が危険な目に遭うのは自業自得。
問題はその甘さで周囲を危険にさらすこと。
6巻の巻末で、七原が矢代の闇に気づいていることに感心したけど
そこで終わってしまっているんだよなあ。
矢代の危うさに気づいていながら、その辺を守ろうとはしない。
たとえ矢代が嫌がっても、きちんと守るべきだったのに。
杉本は頭の回転が速い。
(もっとしっくりくる言葉がありそう。思いついたら書き直そう)
ちょっとした変化に気づきやすい。そしてその理由、その先を考える。
七原よりも百目鬼をよく見ており
七原よりもはっきりと百目鬼の矢代に対する思いに釘を刺す。
釘を刺すのは百目鬼のため。頭の側にいたいならその想いを封印しろと。
でも浅い。回転は速いけど、深みがない。
6巻終わりに矢代の百目鬼への想いをたらればで推測したけど
七原に否定されればあっさり引く。
浅いのは年齢か、経験か。
「カネに勝る力はない」と笑顔で語っていたけど
その言葉、考え方にいずれ足元を掬われそう。
杉本は、矢代の単独行動を心配する。それが普通よね。
七原は一応気にはするものの(百目鬼が送ると言って容認したけど尾行したり)
井波よりマシかと判断する。
井波よりマシか、と思うくらいなら井波に会いに行くときもついてけよと思うじゃん。
おそらく以前のように「楽しんでいる」と思っているんだろうけど。
矢代が桜一家から引かないのも金のためだけだと思っている。
本当に?そばでずっと見ていてその認識?
ふたりとも「今の」百目鬼に対して不安は抱いてる。
でもその不安の抱き方も個性が出てる。
七原は桜一家に探りを入れて、女がいると聞き、それを簡単に鵜呑みにする。
ふたりで矢代のマンションに入っていっても、百目鬼ならと安心しているところがある。
杉本はもともと表情の読めない百目鬼を信用しきれずにいる。
…極論だけど、こうして並べて比較するだけでも
七原はヤクザに向いてないなあと思う。甘すぎるんだよねえ。
百目鬼はヤクザやるような人間じゃないと言ってるあなたのほうがね、っていうね。
百目鬼が
女(バーのママかな)の部屋に入っていくシーン。
あれっホントに女が??と思わせる描写だけど。
でも百目鬼は「女はいません」と繰り返していたし
なにより、綱川の指令で百目鬼を探ってる神谷が
「女にモテてもなびかない」ときっぱり言っていた。
私は百目鬼と神谷を信じるし、描写もなんらかのフェイクだと思ってる。
たとえばー、今後矢代と暮らすにあたって矢代のために料理を教わっているとかー
(結構マジ考察
7巻から推していた矢代の不能説、ついに明らかに。正解!やっぱり!
「あれから誰ともやってない説」は残念ながら不正解だったけど。
でも私が想像した不能の理由はどれも違ってた。
路地裏で井波にレイプされたこと。
矢代をひとりにした七原の罪は重い。
「レイプ」は精神の殺人行為だ。それは男女・年齢を問わない。
矢代が20年もの間繰り広げた「痛みを伴うプレイ」とは訳が違う。
合意の上か、無理矢理か。まったく違う。
今回、ついに矢代が、義理の父親からされた行為も「レイプ」と語った。
やられてた、開発された、そうじゃない。あれはレイプ。性的虐待。
そう認識できたのは、4年前の百目鬼とのセックス。
自分はずっと「セックスが好き」と思っていた。
でも自分がされていたのは、させていたのは、していたのは
「セックス」ではなく「プレイと称した自傷行為」と気づいてしまった。
達した瞬間のフラッシュバックはそういうこと。
もう戻れない。鎧は壊された。
井波はおそらく矢代の動向をずっとうかがっていた。
ひとりになったところを襲った。計画的。本当にただの犯罪者。
なのにその後、矢代は井波とつるんだ。
以前の刑事を切り捨て、井波から情報をもらうようになった。
代償に、金と身体。虐待プレイ。
7巻のはじめ、36話での矢代と井波の会話
「しょっぴくぞ」
「無理無理、ネタなら俺に分がある」
の意味もここで少し見えてきた。なんらかの証拠を矢代は準備しているかも。
今回、なにが食欲もなくすほどショックだったかと言うと
矢代が井波にレイプされたということよりも
その後も井波と身体をつなげ続けていたことよりも
矢代にとってのセックスが、4年前までも自傷行為だったセックスが
本当に真の意味での自傷行為になってしまっていたこと。
や、前述のふたつも相当ショックだったけれど。
4年前までのプレイは自傷行為とはいえ性的快楽もあった。
それすらない。痛みだけ。暴力でしかない。
でもそれを矢代は受け入れた。
矢代が井波と続けているのはその「痛み」ゆえだと思う。
身体を痛めつけるだけの行為を、自分への罰として受け入れ続けてる。
矢代にとっては、他人の暴力を利用した自傷行為。
自分より歪んで汚れた人間、と矢代は井波をとらえているかもしれない。
そんな人間にされ続けることもまた自傷行為のひとつかも。
井波にレイプされたとき矢代は勃たなかった。感じたのは痛みのみ。
それは井波に無理矢理レイプされたから?それまでは勃っていた?それとも…?
そもそも百目鬼に抱かれてから井波に襲われるまで、矢代は誰かとしただろうか?
以前の刑事との電話で井波のひどいプレイを俺にもやらせろ、と言われて即答しなかった。
たぶん、矢代はその後刑事にやらせていない。そのまま切った気がする。
逮捕時の竜崎に乳首を舐められ、噛まれたときも単純に痛そうだった。感じてはいない。
百目鬼を遠ざけ、死を覚悟して臨んだ平田との対峙。
実際に矢代は殺されかけた。
矢代はこのまま死ぬと思った。やっと自分を終わらせることができると。
でも死ななかった。百目鬼が阻止した。矢代を終わらせなかった。
終わらなかったけれど―死なずに生き延びたけれど
矢代は空っぽになった。
抜け殻になった矢代。
鎧も壊れ、破片をかき集めて身に纏っても脆くて自分を偽り切れない。
嘘も下手になった。右目も見えないままでいい。
本当にどうでもよくて
でもどうにもならなくて
どうにもならなくて、ということは
どうにかしたかったということ。
終わるはずだった自分、大切なものもそばにない自分。
どうでもよかった。この後の人生、なにもかも。
わかってる。自分がどうしたいか。どうなりたいか。
どうにかしたかった。抜け殻の自分を。
でもどうにもならなかった。空ろなまま。
自分が生きていることを自覚するのは…痛みを感じるときだけだったとしたら。
井波は加虐性が強い。自分の行為にただ痛いだけという男を犯し続けてる。
顔を殴りつけ、両腕両脚を拘束し、時には猿轡も噛ませ、頭を抑えつけ、己の快楽のためだけの暴力行為。
いずれ取り返しがつかないことになるかもしれない。
それでもいいと、矢代は思っていたかもしれない。
でも再会してしまった。大切なものに。
4年間眠っていた身体が、心が目覚めてしまった。
夢でしか逢えないと思っていた男。
想像しても何ともなかった身体が、触れられて反応した。
手っ取り早い確認の手段が井波だった。治ったのか、それとも。
そして井波では「やっぱり」勃たなかった。
百目鬼でしか身体が反応しない。
百目鬼を知った心と身体。
百目鬼を知る前と後。
知らなければ
失くすこともなかった
失くした、という表現。
捨てた、でもなく手離した、でもない。うしなった。
その言葉の重み。
失くしたのは大切な男か、
作り上げた偽りの自分か、
両方か。
今回、それまでの表現から変わったものがとても多い。
そしてそれらがすべて重要。物語の柱だった言葉たち。
暴力で痛めつける男とか関係なく、誰に対しても口調がフランクなのは昔から。
決して矢代が井波に心を許しているわけではないと思う。
ただ、井波はどうだろう?
車で送迎したり、矢代が暴力を受けたがっていると看破していたり。
加虐行為を受け入れてくれるのが矢代だけだからだろうか、それとも。
井波が送り届けたところに百目鬼登場。
「何考えてるかわからない男」by杉本
が、遠目でもわかるくらいに怒りを露に近づいてくる。
ついさっき痛めつけられながら脳裏に思い描いた百目鬼も
目の前に現れた百目鬼も
矢代ビジョンではふわふわと光を纏っていて美しく眩しい。
キラキラ百目鬼、すっごく怒ってるけどね!
井波への「行けよ」
「行け」でもなく「帰れ」でもない「行けよ」、怒りに満ち溢れててふるえる!
百目鬼は矢代をどこかへ連れていく。どこだろ。自分ちかな。
4年前と変わらないあのアパートで
矢代が置いて行ったシャツもかけられてたらもう泣いちゃう。
******
今回は最初から最後まで
なにもかも重要過ぎて情報過多。
その情報量の多さと重要性にもくらくらしてメンタルやられたのかも。
なごやかっぽい七原と杉本の会話にもいろいろ後につながる情報が散りばめられてそう。
杉本の金に対する信頼と依存とか、七原の中途半端な甘さとか。
矢代の4年間がつら過ぎてどうしていいかわからないけど
それを百目鬼は知らないわけで。
今、百目鬼が想定しているのは4年前と変わらない矢代。
好意を見せたら逃げ出す矢代。
不特定多数の男とヤリまくってる矢代。
今はもう違う、矢代は変わった、ということを百目鬼はどうやって知るんだろう?
知らないままでは百目鬼のしていることがことごとく裏目に出る。
現に矢代は百目鬼の言葉に態度に傷つきまくってる。
矢代は自分からは決して言わないだろう、では井波か?
井波しか知らないよね、今の矢代の状態。でも…
百目鬼が欲しいものは矢代。4年間変わらずに。
自分のものにするために自分を変え、接し方も変えた。
矢代が欲しいものも百目鬼。失せ物あらわる。
でも自分が知ってる百目鬼との違いに傷ついている。
拗れ過ぎて簡単に手に入れられないふたり。
井波にはもう殺意しかないわたくし、でも
矢代が義父から受けていたのは性暴力、
その後の性行為がセックスとも呼べない自傷プレイ、
それを気づかせてくれた百目鬼とのセックス、
その後なんにも反応しなくなった身体、
反応しないことに気付かせられた井波からのレイプ、
不能になったと思っていたら百目鬼によって戻った身体、
治ったのかと井波で試したらやっぱりダメで
百目鬼にしか反応しなくなったと認識した、という流れを見るに
井波という存在は必要悪。
ふたりがそれぞれに望んだ優しくて普通のキスができたら
井波には平田並みの退場をお願いしたい。
つらい話、でも希望の光も見える話。
大きなターニングポイントとなる話。
すごくつらいんだけど、この後なにかあるたび読み返すことになりそうな話。
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