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短話連作『終末カフェ』7

「CLOSED SUN」

目覚ましが鳴った。タイマー通りに炊飯器が作動し、録画予約の始まる音がする。

朝の訪れを知らせる音だ。

それなのに外は暗かった。待てども待てども明るくならない。窓を開け放しても一寸先は何も見えず、家の中まで忍び込んでくるような濃密な闇である。光の届く範囲までは確認できても、その先は真っ黒に塗りたくられているようで何も見えなかった。

──この世界から、太陽が失われた。
朝はもう、永遠に訪れない。

どこか遠くで、誰かの泣く声がする。低く細い嗚咽が響く。同調した誰かが悲鳴を上げた。人々が現状を理解するにつれ、周囲に絶望を振り撒いていく。 

海も山も川も空も動物も植物も人間も、その他に地球上に存在するありとあらゆる鉱物も人工物も、地球と共に全てが凍る。
──全て。

阿鼻叫喚が止まらない。
この世の地獄だ。
もう何も聞きたくない。
考えたくない。
布団に潜って耳を塞いで、目を固く閉じた。

お願い誰か、嘘だと言って。
タチの悪い冗談だと。あるいは勘違いだと。
温かい光を返してください。

やがて悲鳴の合唱は止み、静かになった。
木々のざわめく音だけが窓の向こうから聞こえてきた。
「……」
布団の中にいるのも息苦しく、顔を出した。それから体を起こし、ため息をつく。

お腹が空いた。

台所に向かい、炊飯器を開ければお米の香りが温かく漂った。冷蔵庫から納豆と卵。昨夜から用意していた野菜のスープを温めて味噌を入れる。朝食の用意ができたら、テレビをつけた。
「太陽の確認が……」
「惑星の消滅にはある法則が……」
「意図的な企みが……」
いつものニュース番組の、いつもの面々が、いつものように現状を議論している。
家の外で自転車が止まった。新聞受けに新聞が投函される。外に出るとちょうど、自転車のライトが遠ざかっていくところだった。新聞を開けば、大きな見出しに『太陽いまだ昇らず』。写真には困ったように笑うサラリーマンの横顔だ。
『こんな時でも我々は出なきゃならない』
その一文に、思わず笑った。
そうだ。こんな時でも私たちは休めない。

商店街は店の電気をつけた。通勤や通学、買い物に出る人たちのために街灯もつけて、道を明るくした。
「安く売っちゃうか。いいことないとやってらんないしょ。みんな」

家電量販店は季節外れの暖房器具を引っ張り出して店頭に並べた。
「いつまで続くかわからないけど、冷えてくるから絶対売れる!」

未曾有の事態に、親たちは子どもを学校まで送迎した。送迎が難しい家庭の子どもたちは、先生が迎えに来て登校した。
「先生、よろしくお願いします。私もう行かなきゃならなくて」
「大丈夫ですよ、いってらっしゃい」
そんなやりとりを見て、子どもは思った。
こんな時くらい、学校が休みになればいいのにと。

妊娠10ヶ月の妊婦が検診を受けに病院を訪れた。看護師が「大変なことになりましたね」と妊婦を気遣って言った。
「この先どんなことがあってもお母さんのお手伝いをしますから、大船に乗ったつもりでいてくださいね」
この言葉に、妊婦は「大丈夫」と答えた。
「私の『太陽』はここにありますから、何も怖くありません」

例え日が昇らないとしても、お腹の子の心臓は止まらない。人々の歩みは止まらない。大事な家族はいなくならない。世界は消えていない。
生きなくてはならない。立ち止まることはできない。

世界は凍るかもしれない。その前に争いが起きるかもしれない。自暴自棄になるかもしれない。人間でいられなくなるかもしれない。

それでも。

今日は日曜日、太陽が消えた日。


ーーーーーーー
南の島の砂浜で、ウミガメが産卵をしているのに少女が気がついた。月のない夜になぜ気付けたのかといえば、なにやら光るものがあったからだ。
不思議に思って近づくと、産み落とした卵の中に煌々と光る月が紛れていた。
少女は手に取り、それをさらにかざしてみた。
月はそのまま空にひっつき、ウミガメの涙を輝かせた。

蛍光灯が照らす公園で、少年は一人砂遊びをしていた。大きな穴を掘ろうとスコップを深く刺すと、何か固いものに当たった。なんだろうと掘り出すと、赤くて丸いものだった。それはそのまま空に上がり、戻ってこなかった。

パソコンの中に、作成した覚えのない3Dプリンターのデータがあった。気味が悪いので消してしまおうかと思ったが、その前にそれを表示してみた。真っ暗な画面に浮き出てきたのは、完全な球体だ。それは耀くと、そのままデータごと消えた。

チョコレート職人は首を傾げていた。作品が一つ足りない。今日のコンテストのために作ったのだ。一つでも欠けてはならない。願いを込めて作ったのだ。なくてはならない。探さなければならない。
その作品名は、『ユピテル』

人知れずそれは回っていた。川の上流で流されたその岩は、巨大な岩盤の穴の中に落ちてその中に囚われていた。穴の中で回りながら削られていた。気を遠くなるような年月を何度も何度も何度も……。やがて完全な球体となると、人知れず忽然と消えた。

八百屋で安く完熟したアボカドを買うことができた。母親はそれをサラダに使うことに決め、黒い皮に垂直に切れ目を入れた。しかし、うまく包丁が入っていかない。不思議に思って別の箇所から切れ込みを入れると、そこには種の代わりに土星が入っていた。土星は母親の手からスーパーボールのように飛び跳ねると、窓を割って空へと駆け上がっていった。

産まれたばかりの赤ん坊が血の塊を握りしめていることに、助産師が気がついた。そんなことが本当に起こりうるのだなと感心していると、真っ赤な塊は光を放ちはじめた。不思議そうに見つめている赤ん坊の目の前で、『それ』はプロミネンスを放ちながら、分娩室から飛び出していく。

そうして、世界に光が戻された。

かくして星々は空へと還されたのだがら一体誰の、なんのためのいたずらだったのか。それは誰にもわからない。


終わり
☆☆☆☆☆☆☆
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
バッドエンドも考えていましたが、最後は救われたくて後味良く終わらせました(笑)

また何か始めようと思いますので、もしよかったらまたお付き合いください!
本当にありがとうございました!

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