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短話連作『終末カフェ』5

「CLOSED VENUS」

金星が消えた。
正確には、閉じた。
望遠鏡で観察していた者が言うに、クルリと満月が新月になるように光を失い、そのまま姿を消したらしい。
言っている意味がわからなかったが、それは見た者にとっても同じのようだった。

有識者による緊急の討論番組が組まれた。何故天体が消えたのか。消えた天体はどうなるのか。地球に影響はあるのか。どの局も現状分かっていることをまとめているだけで、真実は何もわからなかった。
この日、スーパーにたくさんの人が殺到した。日用品や食糧、薬などが買い占められ、特に缶詰や即席麺といった非常食や飲み水の売り切れが相次いだ。ほとんどの人が現状に怯え、生き延びようと必死だった。
ある金持ちは国際宇宙ステーションに乗る権利を買い取ろうと躍起になっていた。とにかく今のこの状況から逃げ出したくなっていた。
考古学に明るい者やオカルトマニアたちは、予言書だったり未確認飛行物体だったりから現状を読み解こうと大騒ぎだった。
一部の悪魔崇拝者は歓喜した。ルシファーの降臨を連想して世界の滅亡が訪れることを望んだ。 
大半の人たちはそれでも日常を壊されまいと平静を装っていた。少しでもそのことに気持ちがいくと狂ってしまいそうで恐ろしかった。ただ仕事や勉強や家事や育児をこなすのに必死だった。

子どもだけが元気だった。特に幼い子たちは、恐れを知らず無邪気だった。
「明日は何の星が消えるの?」
尋ねられた親や教師は曖昧に笑って回答を避けた。答えられなかったし、考えたくなかった。今後の話題はタブーだった。

今日は金曜日。
週末は近い。

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