格闘技の歴史を調べて考えたこと

大学の卒業論文で格闘技がどういう歴史を辿り、社会にどのような影響を与えてきたのかを1年かけて調べてました。もうあの頃から10年以上余裕で経過していて忘れかけていることもありますが、反対にそこから10年以上経って、社会人として働いたり東南アジアで駐在員として異文化に触れることができ、点として習得した知識が線になって自分の中に染み込んでいく感覚を覚える今日この頃です。改めてまとめることができればと思っています。

格闘技はどこで生まれたか?
『肉体を用いて戦う』という意味での格闘技の発祥は、紀元前4000年とかそういう時代ということが当時調べて分かりました。石碑に刻まれていた絵に、人と人が戦っている様子が伺える、というのが歴史的に最も古い格闘の記録です。場所は世界史の教科書にも載っているメソポタミア文明発祥の地で、現在のイラクとその周辺あたりの地域です。私の見立てとしては、ここが起源でそれからシルクロードを渡り、中央アジア、インド(南アジア)、東南アジア、東アジア、日本と伝わったのではないかと考えています。なぜなら、アジア大陸には歴史の古い格闘技が多く残っており、逆方向のヨーロッパは近代以降に成立したスポーツ的な種目が多いためです。それに加えて鎧や剣・槍など素材を加工して武装することや戦術など別の方向に発展を遂げたのではないかと想像しています。ただ1つ気になるのは、古代ローマでは剣闘士が戦う姿を見て楽しむことが娯楽として成立した点です。戦うことをエンタメとして定義したこととしては最も古いのかもしれません。

アジアの格闘技はマニアックなものを含めると色々ありますが、ムエタイ、中国拳法、モンゴル相撲、韓国相撲のシルム、テコンドー、日本の柔道・空手・相撲などが代表的かと思います。プロレスを語る以上、組み合うことに何か意味があるのだろうと思ったのと、当時専攻していたモンゴルと絡めて調査を行いました。

モンゴル相撲
モンゴルでは今も相撲は一番人気のスポーツで、国で最強選手を決める一番大きな大会(ナーダムと言いますが)で優勝した選手は一躍国のヒーローになります。日本でも有名な朝青龍や白鵬を筆頭に、若い時にスカウトされ日本に来るモンゴル人も近年は非常に多いです。朝青龍一家は格闘家の家系で兄弟もレスリングや新日本プロレスで活躍していました。白鵬のお父さんも国の英雄的存在で少し特殊な家系じゃないのかと思ったりしますが、基本的にモンゴル人の骨格はあんこ型と呼ばれる下半身がどしっとしていて(新日の石井選手のような感じ)、首が太い人が多く、何回かモンゴルに行ったときに感じた印象として、戦うことに適した民族だと感じました。また、兵役義務もありますので、大体の人は腕っ節が強いです。
モンゴル相撲がいつ伝わったのかは定かではありませんが、アジア大陸を席巻したモンゴル帝国時代に、トレーニングや出世の基準の1つとして採用されていたと思われる記録が残っていました。そうするとざっと見積もって800年程度の歴史があると思われます。もしかしたら、西方へ遠征にいく中で他の格闘術がアジアに伝わる一端を担ったのかもしれません。
ただ300〜400年ほど前の1600年代以降からある程度エンタメの要素が出てきている記録が残っていました。例えば村と村との交流の中での小さな大会ではガチンコ要素というよりは娯楽要素が必要だったのでしょう。

今日のまとめ
モンゴル帝国時代からは相撲がエンタメとして見られていた側面はあまりありませんが、現代のモンゴル相撲は、最強を証明したい選手とそれを楽しむ大衆娯楽としての側面が非常に強いと思います。しかしここで変わっていないのは、肉体的な強さを持つ者は大衆から尊敬され、畏怖され、特別な存在とみなされることです。プロレスであっても、それ以外の競技でも、己の肉体を極限まで鍛え、技を磨き上げた末に行き着くどこか現実離れした姿は、いつの時代も大衆を魅了するのです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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