〈 きつねの葉っぱのお金⑤〜企業神社〜 〉
ふうあさんは僕たち3人を天神の少しはずれにあるビルに連れていってくれた。5階に昇ると、ふうあさんは窓から隣のビルの屋上を見せた。そこには稲荷神社の赤い鳥居があった。
「ほら、あそこにあるのがお稲荷さんの鳥居よ。」,
「何でこんな所に神社があるの?」
アンジュちゃんの問いにふうあさんは、
「このビルは企業のオフィスでね、企業の中にある神社を『企業神社』とか『社内神社』って呼ぶんだけど、ここもそうなの。」
と答えた。アンジュちゃんは感心してた。
まほろちゃんは質問した。
「ここは何の会社なの?」
「株式会社ラクシタ。落下製麺よ。」
「楽した?」
僕は笑った。
「カップ麺作ってるよ。」
「へぇ、カップ麺かぁ、食べてみたいなぁ。」
アンジュちゃんは興味を持った。
「じゃあ行ってみましょうか?」
ラクシタのビルまで渡り廊下で繋がっていたので、渡って鳥居の屋上に行ってみた。神社の前には稲荷寿司がお供えしてあった。
「ラクシタの人たちはきつねのためにお供えしてるのよ。食べよ。」
ふうあさんはお稲荷さんを食べ始めた。僕たちも食べる。
すると人が現れた。
「こらっ、誰だね? お供え物を勝手に食べるのは?」
スーツを着たふくよかなおじさんだった。でもふうあさんは慌てる様子もなく手を振る。
「社長、久しぶり。」
「ああ。ふうあちゃんか!久しぶりだね。」
「すいません。勝手に食べて。」
僕は謝った。
「いいんだよ。ふうあちゃんの友だちなら。にしてもふうあちゃん、大(おお)きゅうなったねぇ。」
ふうあさんは紹介してくれた。
「この人はラクシタの社長さんの福山豊(ふくやまゆたか)さん。社長は相変わらずのんびりしてますね。」
「うちは社長は働かない主義だからね。いつでも会えるよ。(笑)」
僕たちは社長室に案内された。
「社長、この3人にラクシタのこと教えてあげて。」
「いいよ。ラクシタはきつねのために働くきつねの集団。わたしも従業員もみんなきつねだよ。」
「ええっ、そうだったの!?」
僕たち3人は同時に驚く。
「主にカップ麺などの食品製造とトイレットペーパーなどの生理用品の製造、その袋詰め、箱詰め作業。運送業。それに便利屋もやってる。」
「便利屋? 僕も便利屋だから何かの参考になるかも。」
社長は秘書にいろんな商品を持ってきてもらった。カップ麺をテーブルに2つ並べた。2つともきつねうどんだった。その中の1つ、コンビニでよく見るカップ麺を指して言った。
「これが一般的なカップ麺。これはコンビニやスーパーに売ってある。一方もう1つのカップ麺がうちのカップ麺。2つの大きな違いは儲けの多さだ。
普通はカップ麺に限らず、コンビニやスーパーに売ってあるような食品は食料生産者が受け取る利益が少ない。」
「どれ位少ないんですか?」
僕の質問に社長は、
「少ない物では1%未満ということもある。残りは都会の大きな会社が持っていくんだ。これぞきつね商法。はっはっはっ。(笑)」
「ええっ、きつねってそんなに沢山利益取ってるの!?」
アンジュちゃんは驚く。
「いやいや。誤解してはいけない。普通の商品の場合は食品生産だけでなく、食品加工、パッケージデザイン、パッケージ製造、表面にキャラや芸能人を使う場合はその著作権料、肖像権料などなど、1つの商品に星の数ほどもある様々な会社が関わっていて、1社辺り1個1円にも満たない僅(わず)かな利益を少しずつ集めてそれで経営してるんだよ。それでも儲けていられるのは沢山売って薄利多売してるからで、沢山売るためにはそのための工夫として沢山の会社の協力が必要なんだ。」
「そうなんだ。」
アンジュちゃんは納得した。社長は話を続ける。
「でも我が社の商品は、食料生産者の利益が50%以上、そして食品加工から袋詰め箱詰め作業、運送に至るまで全て1社で行っている。そのため利益率が高いんだよ。
そしてそれが可能なのは普通の商品とは全く別のルートで販売してるからだ。」
「それはどんなルートですか?」
僕は興味深げに訊いた。
「ほとんどはプライベートで付き合いがあるような友だち、親戚、地元の近所の人、そして社長仲間とその従業員に食べてもらう。その人たちはみんな、きつねの仲間なんだよ。」
「へぇ、きつねの仲間ってそんなにいたんだ。」
アンジュちゃんは嬉しそうにした。
「私も会いたい。」
まほろちゃんも共感した。
「ほら、これが100%佐賀産のきつねうどん。これは100%福岡産のとんこつラーメン。すごく体にいいんだ。けどその代わり賞味期限は短いし、値段は少し高い。」
僕は1つ気付いた。
「にしては何だか普通のコンビニで売ってあるような感じがしますね。」
「実は普通のコンビニで売ってある風のパッケージをわざと作ってある。
これがきつね印のエコ認証マーク。」
社長さんはカップ麺にプリントしてあるきつねのマークを見せた。
そこへ取引先の人がやってきた。ラクシタに食品を持って来る業者みたいだった。
「いやぁ、ラクシタさんのお蔭でいろんな費用が節約できて助かります。」
取引先の人はラクシタの社長さんにお礼を言って頭を下げた。
その取引先の人が去った後、社長はまた話を続けた。
「さっきの業者は食品生産者じゃなくて売れ残り処分に来た食料品店の人だよ。人間は食品を売る時、保管の場所代、食料保存の費用、在庫管理の費用、送料など払って食料を保存して、売れ残って捨てる時は処分費用を払って捨てている。」
「人間はお金を払って食べ物を捨ててるの?」
「そうだよ。」
アンジュちゃんの質問に社長さんは答えた。
「例えば節分に食べる恵方巻などは一度に沢山売れるから沢山作るけど、売れ残ったら要らなくなるから大量に処分される。
我が社ではそんな人間たちの売れ残り食品を大量に引き取って、その上、お金までもらってる。」
僕は疑問を持った。
「でもそんな売れ残り食品を食べたいっていう人が大勢いるんですか?」
「きつねに食べさせてる。そしてお金を払う。きつねは人間が要らないといった食べ物を食べる代わりに、お金は逆にもらえるというビジネスしてるんだ。
これもきつね商法。」
みんなは笑った。ふうあさんはこう付け加えた。
「きつねは恵方巻きを節分の翌日に食べるの。」
「売れ残りを売ることもある。売れ残りでもすごく美味しそうに見せるために袋詰め箱詰めなどで綺麗(きれい)に飾り付ける。」
「え~? 只でもらった物を売ってるの?」
アンジュちゃんはまた驚いた。
「なるほど。ラクシタで袋詰め箱詰めまでする理由が分かった。(笑)」
僕は笑った。
「農家で作物が穫れすぎた時もうちがもらいに行く。その場合お金の代わりにうちがもらった売れ残りをあげることもある。農家で穫れすぎた作物を取引先のお店で料理してもらって、売れ残ったらまたそれももらって、売れ残りを食べてくれる人にはきつねの仲間になってもらって……。」
「なんかグルグル循環してますね。」
まほろちゃんは本質を理解した。
「まさに楽した会社だ。(笑)」
社長がいうとみんな笑った。
「我が社では昔から食料保存の技術を進めてきた。
昔は味噌(みそ)や梅干しなどのように食品を発酵させて保存性を高めてたし、食品を密封したり真空パックに入れたりするのは保存性を高める工夫。鯖(さば)の缶詰に汁を入れるのは空気を追い出して腐りにくくする工夫だ。最近では一度開封した食品でも保存性を高める工夫がされている。
特に重要なのは冷蔵庫だ。」
「冷蔵庫?」
アンジュちゃんは繰り返した。
「冷蔵庫は食料の保存性を高める画期的な発明だ。昔は冬になるまで待つしかなかった冷たい空気が今ではどの家庭でもいつでも手に入る。温暖化対策には必須だ。(笑)」
みんな笑った。
「それからもう1つ大切なのはあの壺。」
社長は社長室の片隅に置いてある壺を指差した。僕は気づいた。
「あっ、よく見れば有田焼だ!」
「実は有田焼も食料保存のためのものだ。」
「有田焼が何で食料保存の役に立つんですか?」
まほろちゃんが訊いた。
「昔は食べ物を保存するのに壺に入れていた。けどやがて壺を持っておくだけでいいと気付いた。食料生産する村で食べ物が豊作の時に壺に交換しておいて、その後もし食べ物が足りなくなったら壺を売って食べ物を買うんだ。」
「なるほど有田焼を持つのが貯金みたいなものなんですね。」
まほろちゃんは気付いた。
「壺を持つのは究極の食料保存だよ。」
社長は熱く語る。
「私、保存性を高める技術習いたい。」
「我が社に入れば食料保存の技術学べるよ。我が社では食料保存の方法など生活に必要な技術や、日用品を自分で作る技術を学ぶ教室も開いている。」
「じゃあこの会社に入りたい。」
アンジュちゃんはそう言って笑った。
「それから我が社で最近取り組み始めた事業がこれだ。」
社長さんはトイレットペーパーを取り出した。
「トイレットペーパー?」
アンジュちゃんは首を傾げた。
「我が社がトイレットペーパーの製造に取り組み始めたのにはある思惑(おもわく)がある。
実は日本でも地球全体でもこれから災害多発の時代になると言われている。」
「災害多発!?」
僕たちは驚いた。
「そう。それに食料難も襲ってくるかもしれない。
だから災害が起きた時、必要なものが足りなくなるのを防ぐため、普段から作っているという訳だ。
備えはお供えだからね。」
「そうですか。先見性がありますね。」
僕は感心した。
「熊本地震が起きた時、地震の翌日に熊本から福岡の市場に農作物が送られたらしい。もし普段から地元食品を食べる習慣があったら食料に困らなかったかもしれない。」
「そうですね。人間はそういう備え(お供え)の大切さをあんまり理解してませんからねぇ。」
「生活必需品で消耗品でもあるものを我が社では『いるへる』と呼んでる。我が社ではいるへるを作ることで、人間から買わなくて済むようにしてる。」
するとふうあさんが説明に付け加えた。
「きつねは生活に必要なものをみんな自分で作ってるから、人間からは何も買う必要ないのよ。」
「カップ麺だって災害の時に食べることが多い。」
社長さんの言葉を聴いて僕は気付いた。
「そうか。カップ麺って体に悪いからエコにも悪いイメージだったけど、考えてみれば災害のための非常食にもなる重要な食べ物なんですね。」
「さっき見せた一般のコンビニで売ってあるカップ麺も君の命を救うかもしれないよ。その会社もきつねの仲間なんだよ。」
社長はまだ続けた。
「また発展途上国支援にも乗り出している。今は発展途上国だけどこれから災害多発の時代になれば、その国で穫れる食品が重要になってくる。東南アジア人に農業を教えてる。
日本で食品の輸入が途絶えた時のために、食料生産が盛んな国の通貨を買ってる。」
「きつねが為替するのはそういう備えのためでもあるんですね。」
僕は理解した。
「じゃあ発展途上国にもきつねの仲間がいるのね。」
アンジュちゃんも嬉しそうに言った。
「うん。大勢いるよ。交流の輪がどんどん広がっている。」
「へぇ、やっぱりきつねは賢いね。」
まほろちゃんも感心した。
「目指すは脱・買い物依存。そして都会にいながら自給自足生活だ。」
社長の言葉にみんなはまた笑った。
僕は訊いた。
「あの、実は僕、便利屋をやっていまして、ラクシタでも便利屋をやってるとおっしゃってましたけど、どんな仕事してるか教えてもらえませんか?」
「いいよ。」
社長はタブレットで、ある文章を見せてくれた。
「これがラクシタの便利屋部門で行っている主な仕事の一覧。」
そこにはこう書いてあった。
〇草むしり、掃除、荷物運び、買い物代行
〇畑の収穫の手伝い、庭木の果物の収穫
〇男性はお御輿(みこし)担ぎ、女性は巫女さんのバイト
〇サンタクロース代理、節分の鬼の代理
〇子どもの遊び相手、デートの相手、話し相手、悩み相談
〇フラッシュモブのエキストラ、コンサートのサクラ
「畑の収穫の手伝いをした時は農作物をもらったりする。サンタクロースの代理をした時はすごく本物そっくりだと褒められたよ。」
社長は自慢げに言った。
「きつねの化ける力があるからね。」
ふうあさんが付け加えた。
「コンサートのサクラってラクシタの人がしてたんだね。(笑)」
僕が笑った。
「ラクシタって楽しそうな職場ですね。」
そういうまほろちゃんに社長は自慢げに言った。
「我が社では従業員を楽しませる工夫をしている。稼いだお金や休みを使って楽しむだけでなく、仕事自体も楽しく、そしてみんななかよくというのがモットー。従業員の幸せ第一主義だよ。」
「へぇ。」
まほろちゃんもアンジュちゃんも感心した。
つづく
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