古代都市を循環させる貨幣情報ネットワーク
集落から古代都市へと人口を広げたとき、人々の分業をつないだのは言葉や文字によるコミュニケーション、そして新たな収穫の分配の仕組みだった。
集落の拡大と食糧の分配
ヒトが狩猟採集を家族から集落で協力して行うようになったとき、家族のために持ち帰る獲物は集落の共有するものとなった。やがて農耕生活により集落の規模が大きくなり分業が広がるようになると、首長が調停者となり作物を集め再配分する習慣、争いを避け友好を深めるための部族間での贈り物を授受する習慣が生まれる。
都市国家を支える貨幣情報ネットワーク
貨幣(金属、穀物、家畜、貝など)の用途は4つで説明されるが、時代や地域によりその比重は異なる。
【貨幣の用途】
1)支払い
債務の決済、税の支払い
2)保存・蓄積
支払いの遅延、財力を示威、予備
3)尺度基準
財・モノの数値化、共通に利用できる量的基準
4)交換
モノと交換できることを保証
【古代エジプトの金】
紀元前3000年、古代エジプトは世界の金産出の中心だったが「金は太陽神の肉体・生命のシンボル」であり、不滅の神々の象徴だった。王宮、神殿、神像、神の化身であるファラオの装身具、衣装、王座が金でおおわれ、金の蓄積が権威の象徴となる。やがてリング型の金がアジアとの交易に使われるようになるが、金貨として流通することはない。
【古代都市の交易】
紀元前3300年、ウルク都市国家群が陸路・海路を使ったインダスとの交易が行われる。古代都市間の交易は、商業的な利益を求めるものではなく、政治的な贈り物の物々交換であり、王により俸給で雇われた商人(後にタムカルムと呼ばれる身分型の交易者)が商取引を担当する。物々交換を仲介するものとして、銅・銀・穀物が尺度基準として利用され、特に価値が変化しにくい銀が遠隔交易では重宝される。宝石・装飾品の他に木、石、金属(銅、錫、鉄)を受け、毛織物・油を贈る。
【古代都市の貨幣管理】
ウルク都市国家群の各都市では、王と神殿が銀を貯蔵し、貸借関係の記録を管理し、銀の重量基準により商品の価値、罰金、利子率、賃金を公示したが、周辺地域から輸入した銀は都市内に流通することはなく、税金・関税・貢納・罰金・利子の支払いに充てられ、王・貴族・神殿によって消費・貯蔵される。
【古代都市と市民生活】
古代都市では首長・官僚・神殿が都市周辺の農民や都市内の職人から農業生産物・手工業製品を税・貢ぎ物として集め、職人や農民にその階級や働きに応じて生活必需品を再配分する。市民のための市、貨幣は存在しなかった。
【自給自足する農耕民】
都市をささえる農耕民は、その誕生から産業革命までのあいだ自給自足であり、税の支払い、馬・牛を含む道具の購入、借用、罰金のために作物を貨幣に交換して支払う。
【最初の硬貨】
紀元前650年ごろ、貨幣を最初につくったリュディアのギュゲス王は、銀の計量のわずらわしさをなくすため金銀の自然合金エレクトロン硬貨をつくり、その携帯の容易性と保存性から兵士への支払いのために使う。兵士は硬貨を自身の生活のために使い、結果、硬貨は交換のためにも使われ始める。
古代都市における貨幣は、遠隔交易における尺度基準、権力者の示威、税や兵への支払い代替するための道具、各地域の異なる政治・文明・文化とモノの価値基準の翻訳手段、言葉、文字などと同様のシンボル=情報であり、貨幣情報ネットワークの上に古代都市国内の分業、都市・国家間の分業を循環する血液であった。
やがて、硬貨の発明が労働を価値に置換して蓄積し、時空間に広がる貨幣情報ネットワークの上で利益を生む手段となったとき、市場、両替商の信用、硬貨の発行、貨幣の商品化による錬金術を次々と編み出すこととなる。
参考書籍:
[1] 湯浅赳男(1988), "文明の「血液」 :貨幣から見た世界史", 新評論
[2] ジョナサン・ウイリアムズ(1998), "図説 お金の歴史全書", 桂川潤訳, 東洋書林
[3] 吉沢英成(1994), "貨幣と象徴 :経済社会の原型を求めて", 筑摩書房
[4] フェルナン・ブローデル(1985), "交換のはたらき --物質文明・経済・資本主義15-18世紀", 村上光彦訳, みすず書房
Fernand Braudel(1979), "LA Civilisation materielle, economie et capitalisme, XVe-XVIIIe siecle, Tome 2 : Les Jeux de L'ecghange", Armand Colin
[5] デイヴィッド・クリスチャン監(2017), "ビッグヒストリー大図鑑 :宇宙と人類 138億年の物語", 秋山淑子, 竹田純子, 中川泉, 森富美子訳, 河出書房新社
[6] 松岡正剛監修, 編集工学研究所(1996), "増補 情報の歴史", NTT出版
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?