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「ミクロ・マクロ・ネットワーク」モデル

 まず、「部分」があり、それらが相互に作用しあって「全体」の情報が作られ、それが再び「部分」に影響をあたえる。部分と全体との創発的な関係を通じて自在に変化しつつ、全体の秩序を形成してゆく。

 今回は、「未来を読み解く」ために、筆者が使っている思考モデルである、「ミクロ・マクロ・ネットワーク」モデルを解説する。モデルの使い方については、別章にて紹介する。

●「ミクロ・マクロ・ネットワーク」モデルの概要

◯構成要素とネットワーク特性

 「ミクロ・マクロ・ネットワーク」は、未来の物語を読み解く際のアイデア整理において「喩え」て連想するためのガイドラインであり、チェックリストだ

すべてを網羅する必要はなく、臨機応変に適用してもらえればいい。生物進化や経済、脳に「喩え」て考えてみるのもいいだろう。すでに存在するコミュニケーションをベースとして、足りないコミュニケーションやメタ・コミュニケーションを創造するチェックリストとして活躍する。

あまり細かいことは気にせずに、何だか違うかもと思っても、ムリヤリでいいので当てはめてみるといい。なんとかうめているうちに、新しい発想が生まれ、抜けているところに気がつくことができる。

 「ミクロ・マクロ・ネットワーク」の構成要素とネットワーク特性について「細胞と人」を例に外観する。

■構成要素:
・ミクロ:
 細胞
・コミュニケーション: 細胞間の情報伝達
・ネットワーク: 細胞間のつながり
・マクロ: 臓器、人
・メタ・ネットワーク: 臓器のネットワーク、人間社会
・環境: 人間のおかれている外部環境(自然、社会など)
・技術・社会背景: 
  5万年前にホモ・サピエンスが誕生 
  化学物質の血液循環、デジタル電気信号によるコミュニケーション技術

■ネットワーク特性:
・多次元性・多重所属:
 伝送路・筋収縮・腕などの機能ヒエラルキーに帰属、間葉系幹細胞・分化・老細胞
・フィードバック・ループ: 気温など外部環境情報、体温などの内部情報を取得して、動的に適応するなど
・適応・動的適応: 気温の変化への動的適応、「発汗」「毛穴の収縮」「ふるえ」など
・可塑性・学習: 脳による記憶と学習により後天的に習得する適応能力など
・恒常性・保守性: 内部環境を維持する傾向。体温、血糖、免疫など
・変異要素: 「猿人からの突然変異でヒトが誕生した」、癌細胞、放射線変異、遺伝子エラーなど

ミクロ・マクロ・ネットワーク(会社)

企業における「ミクロ・マクロ・ネットワーク」

◯「ミクロ・マクロ・ネットワーク」で見るということ

「ミクロ・マクロ・ネットワーク」の視点で今を見るときには、ネットワークとフィードバック・ループの有無が重要だ。ネットワークでつながっていない、もしくはフィードバック・ループしていないものは、まだ未成熟な文化だということだ。

AIも、アレクサも閉鎖されたネットワークゲームも、社内の会議でしか使っていないzoomも、メタバースも、まだまだ緒についたばかりの文化だということだ。

もう一つ、メタ・ネットワークの視点で見ることも重要だ。次世代につながるネットワークは、必ずプラットフォームとなり、未来のネットワークのベースとなる。暗号通貨ネットワーク然り、次にネットワークを形成するだろうIoTネットワーク、AIネットワーク、アレクサネットワークもプラットフォームとなり、新しいネットワーク、新しい文化のベースとなっていく

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●「ミクロ・マクロ・ネットワーク」モデルの詳細説明

 モデルを扱うには詳細な定義が必要という方に向けて、構成要素とネットワーク特性の詳細説明を行う。あまり定義や矛盾にこだわらず、喩えとして必要な時に参照して欲しい。

1.構成要素

1)個、部分(ミクロ):

・コミュニケーションをする基本単位、コミュニケーションの主体。
まずは、誰かが(何かが)、誰かと(何かと)、つながりって話したがっているというところから始める
・「個、部分」は個別の状態をもち、「ミクロ・マクロ・ネットワーク」のなかで、独自の判断にもつづいて「情報」を取得し、発信し、状態を変化させる。
・同種、異種、捕食、上下、受益関係など、互いに異なるものを含む。

 ex. 人、細胞、生物、細菌、免疫細胞
 ex. 身体、組織、企業、国、生物のコロニー、種族

2)コミュニケーション(リンク):

・二つ以上の「個、部分」や「全体」が情報や物を交換して、互いに影響を及ぼしあうこと
・物理現象においては「相互作用」、生命においては「コミュニケーション」

 ex. 電話で話すこと、Youtubeの動画を介した間接的なコミュニケーション
 ex. 血液にホルモン情報を流すことによる内臓間のコミュニケーション
 ex. 企業間のコミュニケーション

※参考:
 コミュニケーションには、「強いつながり」、「弱いつながり」、「柔らかいつながり」、「直接的なつながりと、間接的なつながり」がある。

3)ミクロ・ネットワーク(略称:ネットワーク):

・二つ以上の「個、部分」が互いにコミュニケーションをとる経路、つながり、情報交換のためのインフラ。

 ex. インフラ(電話網、交通網、鉄道網、インターネット)
 ex. インフラを構成する交換機、電線、道路、サービスエリア、鉄道、駅、光ケーブル、ルータ、コンピュータなどの総体。
 ex. 宅配・郵便のネットワーク、物流などのインフラを利用したサービス

※参考:
 電話網、交通網、血流に「喩え」るとイメージしやすい。 
 現代のネットワークは動的に変化するものとしてとらえるとよい。ネットワークが使いやすくなるということは質的変化をともない、「個、部分」と「全体」の関係を再構築し、「個、部分」や「全体」のあり方を変える。

4)全体(マクロ):

・「個、部分」のネットワークを利用したコミュニケーションにより形成される全体秩序、全体構造。
・「全体」は、全体秩序、全体構造を動的に変化する状態として保持する。
・ミクロで安定するシステム(ミクロ・ネットワーク)が、マクロレベルで観測できる性質を示す。

 ex. 人のネットワークによって形成された企業、社会・経済。
 ex. 細胞のネットワークによって形成された人

※参考:
「全体」の境界は固定的なものではなく、「ミクロ・マクロ・ネットワーク」により常に再定義されるものとしてとらえるとよい。「部分」の性質の単純な総和にとどまらない性質が、「全体」の性質として現れる。複雑系ではこれを「創発」と呼ぶ。

5)メタ・ネットワーク(マクロ・ネットワーク):

・ミクロ・ネットワークをベースに構築される、マクロレベルのコミュニケーションのためのネットワーク
 ex. 組織ネットワーク、企業ネットワーク

6)環境:

・「ミクロ・マクロ・ネットワーク」が置かれている周囲の環境。
・「個、部分」と「全体」をとりまく外的な状況であり、「個、部分」と「全体」に「環境」に関する情報を提供する。

 ex. 企業、社会、経済、地球
 ex. 企業状況、社会状況、経済状況、地球環境
 ex. 周囲の気温、湿度、季節、空気

※参考:
 「ミクロ・マクロ・ネットワーク」が適応する対象、進化モデルにおける環境、時間・空間的に変化する文脈であり、「個、部分」や「全体」の状態変化、ネットワークの変化を「環境」情報として取り込む情報統合の「場」。ミクロ・ネットワークによって形成される「場の情報」もしくは「雰囲気」をフィードバック情報として提供する。

7)技術・社会的背景:

・「ミクロ・マクロ・ネットワーク」でアイデアを整理する際の前提となる技術・社会的背景(技術、インフラ、政治・経済・歴史的な流れ)を想定。

2.特性

「ミクロ・マクロ・ネットワーク」を構築する際に、考慮すべき動的特性について解説する。

(1)多次元性、多重所属:

 「ミクロ・マクロ・ネットワーク」は、非常に単純化したモデルである。現実には、「個、部分」が、n次元空間で時間軸のつながりをもち、複数のネットワークに多重に所属する。

・n次元ネットワーク
 しばしば、「ミクロ・マクロ・ネットワーク」は、n次元空間のネットワークを形成する。

・時間軸
 「ミクロ・マクロ・ネットワーク」は、動的に変化する「環境」に適応するため、常にエネルギーが最小となる均衡状態(安定状態)を模索し続ける動的な状態変化としてとらえられる。

・複数のネットワークへの所属
 しばしば、「個、部分」は複数の「ミクロ・マクロ・ネットワーク」に多重に所属する。

 ex. 同じ興味の人どうしをネットワークでつなぐと、人は複数の興味のネットワークに所属することとなる。

※参考:
 AとB,Cが近い関係にあるが、B,Cは非常に遠い関係にあるというように、「部分」間の関係の遠近は自由に設定することができる。

ミクロ・マクロ・ネットワーク(多重所属)


(2)フィードバック・ループ:

「個、部分」と「全体」の間での情報のフィードバック・ループ。「個、部分」が主体的に行動する際に、「全体」の雰囲気や共通意識などのマクロ情報を常に察知しながら自らの行動を調整する。動的適応の情報取得に着目。

 ex. 社会情勢に合わせて経営方針をたてる
 ex. 「環境」の変化に適応し、種を生存させるよう進化する
 ex. 「市場」は、情報を保存しフィードバックする「環境」としての側面と、価値の調整プロセス(市場機構)としての側面がある

※参考:
 フィードバック・ループを効率的に運用するためには、「全体」は「個、部分」に対して自身の状態を参照するための「情報交換の場」を設定することが有効である。

(3)適応・動的特性:

 「ミクロ・マクロ・ネットワーク」は、外部の「環境」変化に対して、エネルギーを最小化する動的均衡状態を探り、ネットワークを変更し、「個、部分」と「全体」の状態、ネットワークの接続関係を動的サイクルで調整し続ける。

 フィードバック・ループとは表裏の関係にある。

 ex. 需要と共有のバランスを探る経済活動、環境変化への生物進化による適応

※参考:
 環境の変化が緩やかであり、ミクロ・ネットワークの状態が安定してきているならば、ネットワークの変化は緩やかなものとなる。急激な環境変化は、急激なネットワークの再構築を促す。

(4)可塑性・学習(ネットワークの記憶):

 「ミクロ・マクロ・ネットワーク」には、環境への適応に向けた変化をその可塑性により学習し、時空間を越えて継承する。

 - 「個、部分」と「全体」の状態
 - ミクロ・ネットワーク、マクロ・ネットワークの接続関係
 - 「全体」に集約された、「ミクロ・ネットワーク」の雰囲気や共通認識など統合情報

 ex. 脳の記憶、遺伝子の記憶、文化の遺伝子ミーム、道具と脳の共進化

※参考:
 ヒトの社会においては、外部環境の変化に集団で即応するための文化の継承である。

(5)恒常性・保守性(ホメオスタシス):

 「ミクロ・マクロ・ネットワーク」が「環境」に対する現状での最適解となる均衡状態に到達すると、「環境」の変化に対して「ミクロ・マクロ・ネットワーク」の状態を維持しようとする性質。恒常性・保守性を越える大きなエネルギーがネットワークに与えられて時に、新たな状態を創発する。

 ex. 体温維持、地球環境の恒常性

※参考:
 強力に安定したネットワークは、強いエネルギーを与えなければ次の状態に変化することはない。急激な環境変化は、安定したネットワークの保守性の臨界点を超えさせ、爆発的なネットワークの組換えを誘発し、新しいマクロな状態を創発する。
 技術ベースの製品やサービスを市場で「成功」させるための「壁(キャズム)」という表現がある。混沌とした混ざり合いの中で、新しいシステムが出現と消滅を繰り返したすえに、複数の環境変化要因が加えられた際に大転換が発生し、「キャズムを越え」て新しいシステムが急速に優位となるが、古いシステムも残り続ける。

(6)変異要素:

 急激な環境変化に適応するためには、ネットワークの一部に変異要素を発生させることにより、ネットワークの動的適応を促進する効果が期待できる。

ex. 特異エキスパート人材集団のプールと、必要とする組織・チームへの即時アサイン、支援体制の構築


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 「ミクロ・マクロ・ネットワーク」は、部分(要素)に還元しようというのではなく、その関係性や動的特性、適応性に着目し、意味を読み取り、全体としてどのように環境に適応するのかという動的コミュニケーションに着目する。ネットワークに記憶し、集団に広め、ミクロとマクロのフィードバック・ループのサイクルが回るようになった時、そのネットワークはプラットフォームとして確立し、次の世代に向けた新しいステップを踏み出すことができるようになる。


参考書籍:
[1] 今井賢一, 金子郁容(1988), "ネットワーク組織論", 岩波書店

 「ミクロ・マクロ・ネットワーク」は、今井賢一・金子郁容の「ネットワーク組織論』で提唱された「ミクロ・マクロ・ループ」に着想を得て、1992年から修正しつつ利用しているモデルだ。本書における流動的で不安定な関係性のなかで、周囲環境に動的に適応する組織に関する考察は、現代でも十分に役に立つ内容であり、中古で安価に入手できるので一読されることをお勧めしたい。




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