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【閑話】パーソナル・アシスタントの一里塚: ナリッジナビゲータ

 1987年、Appleは当時のCEOジョン・スカリーが作成した著書をもとに、自社が目指すパーソナルコンピュータの未来を示すプロモーションビデオ「ナリッジナビゲータ(KnowledgeNavigator)」を公開した。筆者がこのビデオを観たのは、1992年ごろで、こんな時代が近づいているとワクワクしたのを覚えている。Appleが提供したHyperCardやMachintalk(音声合成)はその布石だったし、その後のiPadやSiriにつながる技術や製品を着実に実現してきた。

 開くとすぐに起動するノートサイズのパソコン、口パクする蝶ネクタイをつけたアシスタントが常駐し、音声認識で要望を聞き、流暢な音声合成で応答、音声とタッチパネルで操作する。ビデオ中で、大学教授のマイケル・ブラッドフォードが、友人のジル・ギルバート教授とアシスタントを介してコミュニケーションしている。


●「ナリッジナビゲータ」から抜粋

登場人物:
 教授: マイケル・ブラッドフォード教授
 KN: ナリッジナビゲータ・アシスタント
 ジル: ジル・ギルバート教授


教授:「前期からの講義ノートを見せてくれ」
教授:「まだ読んでいない最近の論文を出してくれ」
KN:「専門誌からですか?」


KN:多くの論文の中から、友人の論文をレコメンドして自動的に要約を読み上げる。


教授:「ジルに連絡してくれ」
KN:「連絡しましたが、ただいま席をはずしています」
  「先生から電話があったというメッセージは残しておきました」


教授:「フレゼン博士とかいった人が、5年ほど前、ジルの論文に反対していた論文を発表していたと思ったが」
KN:「~大学のフレミング博士です」と言って、該当する論文を紹介する。
その後、教授は論文中のデータ部分の表示を依頼


ブラジルの過去30年間の森林伐採率のマップ動画表示を依頼し、
ジルが、過去20年間のサハラ地域のシミュレーションを見せる。
教授が両方のデータをリンクして、その変化を同期して動画表示する。
さらに森林伐採量を年間10万エーカーに減らして影響を確認する。


KN:「先生のお話中にお母さんから「バースデーケーキを忘れずに』という電話がありました。」


●ナリッジナビゲータの前提となる技術

1)アシスタントとの対話による情報検索:①④

 アシスタントと対話しながら、情報を探し絞り込む。

バックにある技術:
・連続する対話での情報絞込
・すでにアクセスした情報を把握
・曖昧検索
・情報の要約との情報マッチング

 スマートスピーカーには、まだこのレベルの絞り込みができる機能はない。有料アドオンでいいのでぜひ提供してもらいたいものだ。できれば音声で読み上げるのではなく、iPadやPCと連動して情報を表示もしてもらいたい。

2)情報のレコメンド:②
 いくつもある論文の中から、興味があるだろうものを自動的にレコメンドする。

バックにある技術:
 過去に教授が読んだ論文を記憶して、同じジャンルの論文に絞り込み、以下の優先順でレコメンドする。
・過去に注目していた著者が書いた最近の論文をレコメンド
・過去に注目していた論文を読んでいる人達が最近注目した論文

3)データ表示とデータ比較:④⑤
 論文に記述されているグラフから元となるデータを得るのは難題だ。Webを自在にあやつる現代でも、論文は「紙」メディアに依存しているからだ。
 さらに、異なる場所で作成されたデータ群と、誰かが作成したシミュレーションを連結したり値を変えてみたりということは、技術的には難しくないにもかかわらずなかなか浸透しない。
 複数の学会が協力して、論文や公開情報のデータのフォーマットを統一する有用性に気づくことだけで実現できるはずだ。

バックにある技術:
 ・データフォーマットの標準化 (特に論文、技術情報)
 ・ウェブなどでの標準フォーマット・データの連係表示機能

4)アシスタントが仲介するコミュニケーション:③⑥
 ヒトとヒトのコミュニケーションをアシスタントが仲介する方法は、2つ考えられる。

バックにある技術:
・アシスタントどうしでのメッセージ交換
  ③でアシスタントは、ジルのアシスタントに向けて自動的に、「不在だったので電話をかけなおして欲しい」旨を伝言する。ヒトが伝言メッセージを残すコストを省略できる。

・第三者の音声を理解し、要約して伝える
  ⑥でアシスタントは、母親からの電話にバックグラウンドで応答、音声認識、要約を記憶し、教授の時間が空いたときに伝える。教授は、母親のメッセージを直接聞くことなく、アシスタントからの要約だけ聞くことができる。

  アシスタントによるコミュニケーションの仲介は、星新一の「肩の上の秘書」で登場する
 インコ・アシスタントが秀逸だ[1]。時間の無駄遣いに本人たちが気づいていないのがオチだ。

 営業:「~社のものだ。電気グモを買え」
 営業インコ:(商品の丁寧な長い説明)
 顧客インコ:「自動式の孫の手を買え、と言っています」
 顧客:「いらないわ」
 顧客インコ:「すばらしい~、とてもそんな高級品をそなえるほどの余裕が、ございませんもの」

 論文の検索でもそうだが、ナリッジナビゲータ・アシスタントはしばしば先読みして行動し、バックグラウンドで音声応対もこなす。ヒトは、マルチタスクでジョブをこなすことはできないが、アシスタントがサポートしてくれれば、ある程度マルチタスクを扱えるようになるだろう

 SiriやAlexaは、まだパーソナル・アシスタントの入り口でしかない。今後はヒトの時間をいかに圧縮できるかが課題であり、「ナリッジナビゲータ」は今後もその一里塚を示し、向かうべき方向をナビゲートするだろう。

参考書籍:
[1] 星新一(1971), "ボッコちゃん", 新潮文庫


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