一人っ子政策

華僑心理学No.9 一人っ子政策のあとは?

こんにちは、こうみくです!

中国といえば、一人っ子政策が、とても有名だと思います。
この制度は人口増加を抑制する目的で、1979年にスタートしました。

ときどき、日本の友人に

「万が一、ふたり目が産まれたらどうするの?まさか、殺すの?」

といった質問を頂きますが、さすがに、そんな訳はなく、社会保障が薄かったり、罰金を取られたりと、さまざまな罰則が課されるようになります。

このような30年以上続いた一人っ子政策も、2016年春、中国政府によってついに撤廃されました。本日は、一人っ子政策が廃止された背景、その後の中国社会について、解説していきたいと思います。

1.急激な高齢化社会と人口減少の到来


男女2人から1人しか子どもを産むことが許されないのであれば、何が起こるのでしょうか。まずは当然、人口が減りますよね。こちらのグラフからお分かりいただけるように、統計上、このままいけば中国の人口は2030年をピークに、徐々に減少していくことになります。

(データ出典:国連人口統計の中位予測)

同様に、下記のような高齢化が急激に進んでいきます。

今年に入ってからは若干低迷しつつあるものの、中国経済はここ10年間、継続して平均2ケタのスピードで急速な発展を続けてきました。それを支えていたのがまさに14億人という人口、そして生産者/消費者となる60代以下の人口比率が高いことでした。国内市場でたくさんの人がいて、いっぱい生産して、いっぱい消費する。このような構造で下支えされていた中国経済が、人口減少と高齢化によって、急激なブレーキが掛かるのは、火を見るよりも明らかでしょう。そこで、中国政府は、長年続けていた一人っ子政策の廃止に踏み切ったのです。

2.一人っ子政策廃止後、予想外の出生率

では、一人っ子政策廃止後、出生率はあがったのでしょうか?

国家統計局の発表によれば、中国の2017年の合計特殊出生率は1.24%と、 日本(1.43%)すらも下回る低い結果に留まりました。

公に「もう一人産んでもいいですよ~」と、「むしろ、積極的に2人目を産んでください~」と政府から推奨されるようになったのに、なぜ出世率が上がらないのか。

日本も中国も、同じ少子化に悩んでいるものの、それに至る理由は、両国でおおよそ異なります。

① 日本の少子化の理由


日本の場合、少子化の理由となるのは、晩婚化、家庭内で子育ての時間が取れないこと、若年層の収入の低下、そして保育園が足りないといった社会的設備の不足です。

特に、日本では子どもは基本的に両親2人で育てるという価値観であるため、それをサポートするような育休制度や時短制度が利用しやすいかどうか、一旦職場を離れた女性が再び現場に戻る組織体制が敷かれているのか、といった部分が論点になるかと思われます。

②中国の少子化の理由


一方で、中国ではどうでしょうか。晩婚化に関しては日本と共通していますが、その他の項目に関しては、事情が大きく異なってきます。

まず、中国では日本のような核家族的な意識がそこまで強くなく、両親+両家の祖父母、親戚みんなで子どもを育てるという伝統的な価値観がまだ色濃く残っています。中には、若い両親が引退した祖父母の家の近くに住み、平日は祖父母がメインで子どもの諸々の面倒を見るという図式も、珍しくありません。地方に行けば、両親が都市に出稼ぎに行っていて、長期間、まるっきり家を空けている場合も多々あります。

よって、日本のような子育てにおける時間が取れないという問題は、あまりありません。若年層に関わらず、平均収入も伸び続けています。保育園不足などの社会制度の問題も、ないことはないのですが、日本ほど大きな社会問題としては、あがっていません。

中国の少子化におけるいちばんの理由、それはシンプルに、収入の上昇率をはるかに上回る養育費の高騰に起因しています。


3.中国の養育費高騰の背景

こちらは、2013年に中国のインターネットにて出回った「出産から成人になるまで、最もお金がかかる中国の都市ベスト10」の表です。出所は非公式ではありますが、様々なTV番組で特集されるほど、大きな話題を呼びました。

例えば、いちばん養育費が高いとされる北京市では、276万元(4400万円)掛かるとされています。中国の平均的な収入水準に鑑みると、この数字は、「ひとカップルが23年間、稼いだお金を一切使わず、ぜんぶ養育費に突っ込んだ場合の金額」に相当します。

驚くのは、一見、冗談とも思われるようなこの数字を見た多くの人々が、「じぶんの実体験と照らし合わせても、あまり誇張がないように感じる。違和感がない。」とコメントしたことです。

確かに一人っ子だからこそ、実際のところ、両親の稼ぎだけではなく、祖父母からの援助も期待できるという点はあります。それにしても、なぜ、養育費がここまで巨額になるまで膨れ上がってしまったのでしょうか。

①文化的活動における費用


日本において、小学校~高校は総合的な人間形成を含む教育の場として認識されています。よって、中高生になると、部活制度があり、勉学以外のスポーツや文化活動に取り組むサポートが手厚く受けられる特徴があります。また、部活動であれば、道具や遠征費がかかりますが、活動費自体は基本的に無料なはずです。

一方中国では、小学校~高校は純粋に勉強をする場所として認識されています。社会が成熟するにつれ、子どもに勉強だけではなく、音楽やスポーツといった文化的な趣味を持たせてあげたいとの欲求が出てくるのが親心ですが、中国の学校には、そのような受け皿がありません。よって、勉強以外に、サッカーをやりたくても、吹奏楽をやりたくても、必然的に自分ですべての道具を買いそろえた上で、民間業者に高いお金を払って、習い事として取り組まざるを得ません。夏休みや冬休みといった長期休暇も、プール開放といった学校主催の無料イベントは少なく、その代わりに民間企業のキャンプや習い事教室しか選択肢はないので、親は高いお金を出して、子どもを通わせざるをえないのです。

②熾烈な競争による超学歴至上主義


また、中国では中学卒業までの9年間は義務教育とされ、学費は掛かりません。純粋に学校に通うだけの学費だけならば無料ですが、入試を突破するための塾といった費用に莫大な金額が掛かっているのが現実です。その背景には、14億人もの人口の中で、熾烈な競争が繰り広げられている社会構造があります。

日本では、大学入試を受ければ、点数に応じて、皆平等に入学の可否が決まります。しかし、中国では、合格者数は地域に応じて枠が決まっている上に、推薦枠の割合も非常に多いです。よって、名門大学に入るためには、実質、名門高校に入学しなければいけないですし、名門高校に入るためには名門中学、更には名門小学校に入らなければいけません。一旦そのようなエリートコースを外れると、ふたたび戻ることはほぼ不可能になります。

「別に、学歴に頼らない生き方もあるのでは?」

と疑問に思う方もいるかと思います。しかし、中国は格差社会です。
ホワイトカラーとそれ以外では、給料の差に3倍、5倍、10倍差がつくこともザラです。出身大学の格は、入社できる企業の格に繋がり、さらに、そのまま稼げる年収に紐づいてしまいます。よって、「豊かな生活を送るためには、なるべく高い学歴を手に入れなければいけない。ぜったいに失敗は出来ない。」との強いプレッシャーが社会に蔓延した結果、学歴を手に入れるための費用であれば、両親は糸目なくお金を払わざるをえない構造が、出来上がってしまったのです。


③学歴に対する強い執着


そんな中国人の学歴に対する強い執着を実感するエピソードがあります。

筆者はスカイダイビングが趣味なのですが、3年前にサイパン島に旅行に出掛けたときに、道ばたで数多くの中国人妊婦に出逢いました。1人、2人ではなく、あまりの多さに疑問を覚えて、調べてみると、こういうカラクリであることが分かったのです。

通常、中国人が渡米するためには、アメリカ大使館に出向いて面接を行うなど、厳しい要件を満たして渡航VISAを取得する必要があります。その中で、サイパンだけは、観光誘致のために中国人に対して45日間VISA無しでの渡航を認めています。また、アメリカは両親の国籍関わらず、アメリカの土地で生まれた子どもにアメリカ国籍を付与しています。この2つの制度の抜け穴に目を付けた中国の妊婦さんが、子どものアメリカ国籍取得のために、わざわざサイパンに来て出産をしていたのです。もちろん、公にはNGであるため、妊婦さんは、まだお腹が小さいうちにサイパンに訪れます。そして、家族を引き連れて数か月滞在したのち、サイパン島で出産するのです。そういった出産ビジネスを斡旋する仲介業者が殺到し、小さいサイパン島では、一時期、中国人妊婦が溢れるマタニティーチャイナタウンができるまでになりました。2017年時点、サンパン島で出産された赤ちゃんのうち、実に80%が中国本土から渡ってきたと言われており、現地市民の出産数すらも、大幅に上回る勢いです。

(サイパン出産ツアーの仲介業者のHP)

では、なぜそこまでして、アメリカ国籍を取りたいのでしょうか?
まず、子どもがアメリカ国籍を取得した場合、普通の外国人と比べて、アイビーリーグをはじめとするアメリカの名門大学に入るハードルが若干下がります。また、アメリカの公立大学に、外国人より安い学費で入学することが出来る上に、北京大学や精華大学といった中国国内の一流大学を受験する場合でも、アメリカ人として留学生のステイタスで受験できるため、国内の一般受験よりグッとハードルが下がります。つまるところ、まだ産まれてもいない我が子に対して、少しでも確実に、高い学歴を掴み取らせるためです。そのために、アメリカの移民局に摘発されてブラックリストに載るリスクを冒し、莫大な費用を払い、はるばるサイパンまで出産に来ているのです。


④中国が超学歴至上主義に陥った歴史的背景


小学校以降、東京で育った子ども時代を振り返ると、筆者の周りでは、「子どもには、じぶんらしく、のびのび育ってほしい」という考えを大事にしている日本人家庭が多かったように感じます。その背景としては、武士が実権を握っていた時代が長かった日本の歴史が影響していると思います。筆者の高校の校訓でもあった文武両道という言葉に代表されるように、文も武も等しく尊しいとされる価値観のもと、「スポーツでも、勉強でも、じぶんの好きなことを頑張りなさい」というメッセージが、日本の教育観の主流であるように感じます。

一方で、中国本土に住む中国人、そして中国本土以外に住む著者を含む華僑の子どもたちも皆、「勉強を頑張りなさい。いい大学にいきなさい」と、勉学面で非常に厳格に育てられました。2011年にアメリカでも、華僑の母親が2人の娘をスパルタで教育をする指南書「タイガーマザー」が大ヒットしたように、「勉学せよ、高学歴を手に入れろ」というメッセージは、中国本土に限らず、世界中の中国人・華僑のDNAに深く、深く、刻まれているのです。

よって、この中国における超学歴史上主義の価値観の根幹を知るためには、現代中国の社会的背景だけではなく、より一層深い、歴史的背景を理解する必要があります。

中国では、いつの時代でも、科挙とよばれる試験に合格した官僚層が、社会の実権を握っていました。また、「昇官発財(菅氏になり、財産を築く)」との格言があるように、官僚となれば、権力と共に、おのずと賄賂や多額の非公式な収入を得ることが当然とされていました。

この官僚になるための試験である科挙は、どんな身分の人でも受験することが出来る上に、制度として1000年以上も続きました。したがって、中国では「立身出世するために、とにかく学問せよ、試験(科挙)を突破せよ」との価値観が、古くから根付いているのです。

もちろん中国史上でも、例えば元寇を行った、文官政治より武官政治色の強い異民族が王朝を統治していた時代もありました。しかし、たとえ力尽くで皇帝を入れ替えたとしても、王朝を統治する経験と知見に乏しい戦闘民族は、中国のような広大な領土の行政をコントロールすることに苦心し、結局さいごは、漢人の官僚層たちに頼りざるを得なかったのです。そんな事情もあり、「やっぱり、武より文だよね」という価値観も、またまた、中国人の心の中に深く刻まれたのでした。

これらの背景が合わさって、「スポーツよりも勉強。子どもには、とにかく勉強させて、学歴を勝ち取らなければいけない。個性に合わせた自己実現を考えるのは、そのあと。」といった現代中国における強固な価値観が、培われたのです。

4.まとめ


このような社会的、歴史的背景がある中で、超学歴重視な中国社会は、今後も簡単には変わらないはずですし、それに伴った教育費の高騰も、留まるところを知りません。

中国の少子化問題、そして来たる高齢化問題は、日本と同様、或いはそれ以上に深刻です。一人っ子政策が解禁されたあとも、長期的に解決できない難題として、中国社会に横たわり続けることになることでしょう。


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