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眇にして能く視るとし、跛にして能く履むとす。虎の尾を履めば人を咥う。凶なり。武人大君となる。[10䷉天澤履:六三]

洞察力も推進力も未熟なのに、力があると思い込み、危険な道を恐いものなしで無謀に進む。その結果、虎の尾を力任せに踏み、ガブリと食われてしまう。凶である。武人が大君になるのと同様、無理がある。
「虎」は先人の喩え。「武人」は野心と力があり、一旦は地位と名誉を勝ち得るが、謙虚な気持ちがなく、礼節を弁(わきま)えないために虎に食われ、やがて身を破滅させる。

[竹村亞希子0128]

六三。眇能視。跛能履。履虎尾。咥人。凶。武人爲于大君。 象曰。眇能視。不足以有明也。跛能履。不足以與行也。咥人之凶。位不當也。武人爲于大君。志剛也。
六三は、眇(すがめ)にして視(み)、跛(あしなえ)にして履む。虎の尾を履む。人を咥(くら)う。凶。武人大君(たいくん)となる。
象に曰く、眇にして視る、以て明あるに足らざるなり。跛にして履む、以て与(とも)に行くに足らざるなり。人を咥うの凶は、位(くらい)当らざればなり。武人大君となるは、志(こころざし)剛なればなり。
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この爻は『礼を履めば咥われない』に反する爻で、爻辞にも『咥う』とある。眇は人並みの視力をもたないという意味。跛は、片足の悪いこと。
六三は「不中」(二が中)、「不正」(陰陽位)、その体は柔弱(陰)なくせに、気だけ剛い(陽位)。このような身でもって、上の最も剛強な乾☰の尻尾を履もうとする。逆に☰に傷害せられること必然である。そこで爻辞は次のユーモラスなイメージを示す。身のほどを知らぬは人の常、すがめでありながらつくづくと見ようとし、びっこでありながら履もうとする。そのような足つきで虎の尾を履めば、たちまち喰らわれるであろう。占ってこの爻が出れば凶である(以上、朱子)。
また六三は陰爻。陰は、情は柔く性は残忍だから、武人に当てられる。凶と断じたあとに、武人大君となるといったのは、六三が、ついには敗れるのだが、不逞の志を抱いて叛乱を企てるであろうことを、支配者に対して特に戒めたのである(清の王夫之による)。象伝、明は目のよく見えること。位当たらずは、陰陽位にあること。

[本田濟]

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