ホワイトボードでほくそ笑むライフハック
贅沢は味方。
ゆえ、最近の私は玄関ドアに貼っているホワイトボードを自身のTwitterのように使って、しょうもない言葉を書いてニチャつく贅沢をすることにしている。
ホワイトボードを持て余している人におすすめのライフハックである。
持て余すことあるのかな。私はかなり持て余していた。
言葉の行き場
私は取るに足らない言葉にかなり頭を支配されてしまうことが多く、それを適当に言ってしまえるのがTwitterだった。Twitterの使い方はもちろん人それぞれだけど、私のTwitterは極めてしょうもないことが蓄積された場所と化している。
しかし最近、精神と時の部屋で晩春と初夏を過ごしていたのか、Twitterから足が遠のいてしまっている。
「しまっている」という言葉を使えるほど高尚な使い方をしていたわけでもなく、義務でもないけれど、何かというと、とにかくしょうもないことを言う場所がない。3ヶ月くらい行ってないコミュニティで長尺の講釈を展開するレベルで気が引けている。
絶対考えすぎだし、もっと気楽に使うツールなのは重々承知なのだけれど、一人相撲が趣味だから仕方がない。永遠に土俵際。
いつも前置きが長いと思う。スロースターターでかわいいね。
結論を先に言うのがクールだと、最近は思わなくなった。
どう考えてもクールなのはわかるんだけど、「結論から言うと〜」と言う切り口で全く結論から言えていないことに気づいて以来、全くクールじゃないと思っている。概念への逆恨み。
「結論から言うと、私はなぜシャチが好きでしょう?」とかいう無茶苦茶な切り口で逆に興味を引いている。全然引けてないこともある。食いついてくれ。
ホワイトボードの無効活用
とにかく2~3ヶ月ほど、精神と時の部屋場所で「Twitterで呟く里」と「呟かない海」を戦わせている間に、私の中のしょうもない言葉ゲージが限界をこえてしまった。
妙なゲージを設けたばかりに、大変不要な苦しみに囚われた私は、言葉の置き場を探した。その結果たどり着いたのが、玄関に貼っているホワイトボードだった。
私は自他ともに認める、信じられないほど時間管理のできない人間だったので、元々は玄関のホワイトボードに一週間の予定や出発時刻を書いていた。
でも、そもそも遅刻するような人間はギリギリの起床の後にホワイトボードを見ながらちょっと一息みたいなことをしないのでやめた。やめるのだけは早い。
加えて、実を言うと、私は時間を守れるようになったのである。それゆえにホワイトボードが意味をなさなくなった。
きっと、遅刻しなくなった方法の方が100000倍役に立つライフハックなのだけど、生活リズムを整えてみるのがいいかと思います。
朝の6時台におじゃる丸を観る仲間をずっと探している。
上記の理由から少しの間、玄関のホワイトボードが真っ白だったのだけど、行き場のない言葉を書くといいんじゃないかあ!?!?と完璧名案を思いついたので、そうすることにした。
「しょうもない言葉とはなんなのか!」と心の野党が叫んでいるので、お気に入りの3枚ほどを使用シーンと共に例として載せていく。
〜ホワイトボードに書く言葉の実例集〜
①玄関を愉快に照らしたい私へ:ダンシング・オール無い
確かこの日は妙に落ち込んでいた日で、「私には何もないのだ」などと、大変に凹んでいた。そこで書いた言葉がこれだったように思う。
絶対オール有ると思う。お前はダンシング・オール有るだよ。
既に「なぜこんな言葉に頭を支配されているのだ?」と思われているのかもしれないけれど、私は脳のリソースを奇妙なことに取られてしまうので、そういうものなのである。
一日中「ダンシング・オール無い…フ…フフ…」などとニチャニチャしている。確かに他に考えることはいくらでもあるはずなのだけど、何がオール無いんや…フフ…などと考え出したらキリがなくなってしまう。絶対にキリはあるはずなので、多分同じことで何度も笑っている。
今もこの写真を見て笑っている。幸福なやつなのかもしれない。
玄関の近くに歯を磨くスペースを設けていて、朝晩これを見るたびに、口に突っ込んだ歯ブラシを上に反らせながら笑みを浮かべていた。
この後もこの調子で進んでいく。
②玄関を華やかにしたい私へ:いつかメキシコで暴食を
勢いがいいね。イキがいい。
情緒がなさすぎる一文で好き。
最近、マキヒロチさんの『いつかティファニーで朝食を』を読んでいる。
とっても面白くて、生き方を考えさせられるストーリーと、朝食の描写がとにかく美味しそう。
確か高校の時の素敵な友人が好きだった漫画だったはずで、高校時代に私も読んだのだけれど、実家暮らしの私には家族みんなで取る朝食の良さなど当たり前すぎて気づかなかったので「ほえ〜〜〜〜〜〜うまそう」くらいにしか思っていなかった。
最近生活リズムが改善されたのと、実家にいないことを踏まえて朝食をもっと楽しもう!というマインドが生まれて、再読を始めた。
再読して、ストーリーがしっかり頭に入ってくる一方で、「ほえ〜〜〜〜〜〜うまそう」という私は滅してなくて、メキシコ行きてえ〜〜〜〜〜!!となって、画像の言葉が生まれた。飛躍が過ぎるし、メキシコに飛躍したい。
以前から、メキシコであの背の高い帽子を乗せて全てを食い散らかして、日本でもあの帽子をかぶって生きてやる、という気持ちがあったので、読んでいた本にピタッとハマった感じだった。私の感覚には深みってものがないのかもしれない。
③酷暑に怒りを抱いている私へ:デスバレー道中膝栗毛
何もかもムカつく。絶対語感だけで書いてるし、膝栗毛の「栗」は絶対剥き栗じゃないし、太陽はマジで元気すぎる。すまんが毎日ちきうを責めている。我々ヒト科のせいなのは明白なのに…。エアコンの設定温度くらいでしか戦えていない私が不甲斐ない。情緒がバレー。
私は夏が来ると、ことあるごとにデスバレーを出している。昨今の日本はあまりに暑すぎる。
とにかくこのままの気温で外なぞ出たら膝栗毛などが生えてしまうのではないか?などと親しい人間に話していて、気に入ってホワイトボードに書いて鼻息を出しながら満足そうに眺めた。
今調べたら、「膝栗毛」は歩き過ぎて膝にイガ栗をつけたような毛が生え散らかすことではなく、徒歩で旅行をすることを指すそうだ。
にも関わらず、「外に出ない私は膝無毛ナリ」などと宣っていた己が悔しい。お前は無知。
まとめ
ねんねの時間である。とにかく玄関に自分の適当に思いついた言葉を書くといいよ、なんかウケるよって話でした。ねんねに弱すぎるまとめ。
明日も素敵な朝食を摂るために眠る。
最近は全く信用にならない占いをしたい。
四角いテレビを持っている人は、明日指人間を踊らせると吉、みたいな。
お久しぶりだったけれど、おやすみなさい。
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