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『旧市町村日誌』3 文・写真 仁科勝介(かつお)

 

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とにかくここ数日は、良い天気が続いていて、水田の田植えがどんどん始まっている景色に、感動している。凪いだ水田は、空をまるまる写し込んでいて、素晴らしく綺麗だ。一方で、風が水面を揺らして波立っている様子もいい。栃木県のどこを進んでいても、同じような光景が見られるし、それは、あたりまえの風景ではあるけれど、ほんとうは、栃木県に限られたことではなく、たった今、全国各地で同じような光景が、広がっているはずだと想像すると、日本らしい時間が今流れていることを感じるのだ。誰しもが、「始まったばかりの田んぼ」だと思っていた苗も、気づかないうちに成長して、人間も気づかないうちに9月を迎え、稲穂を収穫する。そのサイクルは、人間の生活の一部でもある。だから、日に日に変わっていく田んぼの様子を見ながら旅を進めることは、ぼくにとって時間の流れを知る大きな存在になっている。


山上げ会館でお祭りの様子をスクリーンで見た。地元の方々が長い時間をかけて、ひとつのお祭りをつくりあげていく様子に、自分もドキドキしながら。やっぱり、お祭りというものは、どんな人でも、「お祭りに関わっている人」になった途端、印象がガラリと変わって、背中も歩く姿も酒を飲む姿もすべてがカッコ良くなる。その土地に関わりがある、ということが、限られているから。もちろん、人は減っている部分もあるだろう。だからこそ、土地という因縁に関わることができる人は、幸せだろうなあ。GW中には知っているお祭りがいくつか開かれている。そのお祭りの勢い、盛り上がり、声を想像すると、とても羨ましくなった。

 

 

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 とても冷え込んだ朝だったが、那須塩原に向かっている途中、もっと肝が冷えた。カブ号のエンジンが一旦停止をしたときにそのまま止まったのだ。ここまでは、実は、この旅を始めてからすでに2回あった。だから、まだ落ち着いていたけれど、今度はスイッチを押してもエンジンがかからない、という新しいフェーズに入ったのだ。道を外れてすぐに砂利道があったので、そこにカブを退避させて、どうしようかと考え込んだ。もしかしたら、今日は1日ダメかもしれない。ましてや、数日は修理で進めないのではないか。天気予報的に、まだ週末までは晴れが続くので、進めておきたいタイミングであった。

 

対処の方法は、押しがけである。ネットを繋いでやり方を確認しようと思っていると、一台の軽トラがぼくの横を通り過ぎて、少し迷った素振りがあったあとに、止まった。地元であろうおじいさんが出てきて、

 

「お前、二速にして走らせるんだよ。バイクにあかるくねえな?」

 

と、指導してくださったのであった。なぜか若干半ギレ気味であった。実際に、その方法で押しがけをすると、無事にエンジンがかかった。その様子を見て、おじいさんはスタスタと軽トラに乗って、奥へ進んで行ったのだった。

 

今日1日、エンジンが止まった原因を考えながら走っていたけれど、おそらく原因は、カブではなく、ぼくにある。朝、まだ外は寒い。だが、完全にカブがあたたまっていない状態で、進む距離が長く、そして速度も出ていたことが、途中でエンジンが止まった原因だと思っている。つまり、カブ号からしてみれば、ちょっと待ってという感じである。そのことを、まだこのタイミングで推測できたからいいけれど、ずいぶん先になって同じ現象を起こしていたら、もっとカブ号を痛めてしまうことになるので、良くなかった。その点をもっと注意して進まなければ。

 

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 朝、宇都宮市から川崎市を目指す。距離は130kmほど。この数字だけを見ると、カブでは大変な移動に感じられるけれど、今は普段の旅でも1日トータルで最低それぐらいは走っているのではないだろうか。結果として、旅の走行距離は3000kmを超えた。約1ヶ月で3000km。地元の倉敷から3000km走ったら、宗谷岬まで辿り着いて、もう戻り出して1000km進んでいるので、実家が見えて来ているぐらいなのだが、まだ、関東地方をひたすら巡っているところに、旅の長さを感じる。

 道中、神奈川県に入るまでに、東京を通過した。足立区から入って、荒川や隅田川を越えて、秋葉原や銀座を抜けて。今までは徒歩か、まれにタクシーに乗って通り過ぎていた東京のまちを、今度は自分のカブで、アクセルを回して、走っているという行為が、新鮮だった。でも、過去に東京をたくさん巡ったおかげで、恐怖心がない。無論スピードはぜんぜん出さない。ゆっくり進むけれど、「東京の中を走る」ということへの怖さが減ったことには、ずいぶん助けられている。

 

川崎市に入って、今日は3区を巡ったけれど、川崎区の工業地帯は大田区を走っているようにも感じたし、多摩川の河川敷は今までたくさん見て来た景色だから、帰ってきた感じがすごくあった。

 

あと、元隣人の部屋に泊まらせてもらった。数日前に、大家さんに電話したら、「私は全然構わないですよ」と言ってくださって、なおかつ、家の前にカブを停めるのもオッケーだと言ってくださった。那須塩原で買ったお土産を渡して、喜んでくださるかなと思ったら、「ちょっと待っててくださいね」と言って、これ、と、5000円札を渡された。

 

「クリーニング代が安く済んだんですよ」

 

と。どこまでも、心の底から紳士だな、かっこいいな、と思わせる大家さんである。元隣人も、ソファを売ったみたいで、そのときの搬出を大家さんが手伝ってくれたそうだ。夜、元隣人と友人で、一緒に屋上でご飯を食べた。束の間の会話が楽しくて、お互いそれぞれ元気にやっている分、今、ぼくはぼくの旅をがんばらなきゃ、とまた強く思ったのであった。



仁科勝介(かつお)
1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。
2023年4月から旧市町村一周の旅に出る。

HP|https://katsusukenishina.com
Twitter/Instagram @katsuo247

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