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『もう一度旅に出る前に』11 23区駅一周の旅  文・写真 仁科勝介(かつお)

昨年の10月に始めた23区駅一周の旅が、あと少しで終わる。23区にある490駅をすべて見てみたい。すなわち、駅と駅の間にある暮らしを知りたいと思って歩き始めて、残りは31駅、累計の歩行距離も1100kmを超えた。歩いた分、わずかでもいいから、自分にとっての栄養素が蓄えられていたらいいなと思う。

もともと、西日本で生まれたぼくは、東京に対する具体的なイメージが湧かないままに育った。あまりに東京が別世界であるがゆえに、東京はすべてが渋谷か新宿か六本木のような雑然とした世界だと思い込んでいた。テレビ越しに映る有名人やお金持ちが、きらきらと華やかな生活をしているのだろうなあと、精一杯想像しようとしていた。見たことのない世界を想像することは、偏見と紙一重かもしれない。

そして今、たとえ23区を1000km以上歩いたとしても、すべてを分かることは絶対にない。いろいろなものを見たとしても、それは世界の一部分の、さらにその一部分の氷山の一角なだけで、たくさん歩いたからといって、自信は持ってもいいけれど、過信をするのは違う。そういう線引きをしながら、それでも、見てきた氷山の一角を、一生懸命に観察してみると、東京はもっと、普通に捉えられてもいいんじゃないのかなと、感じるようになった。東京で暮らしているからといって、ほかの都道府県と、何が大きく違うのかと言われたら、別にそんなに違うわけじゃない。単純に、アクセスだって、神奈川だろうが、埼玉だろうが、千葉だろうが、東京の市町だろうが、そこまでは変わらない。放課後に公園で遊ぶ子どもたちは伸びやかで、のんびりしたおじいさんおばあさんがいて、喧騒のない穏やかな時間は、いたるところに溢れていた。日本のどこで暮らそうが、生きようが、みんな普通で、それでいい。それがいいのではないか。「東京」という言葉があまりに強いものだから、ぼくたちは何か蓋をしているようなのだ。

もうひとつ、旅の途中で気づいたことがあった。23区の面積の話だ。結局、いま東京を歩いていて、歩いているから広く感じるのか、本当は狭いのかが分からなくなって、ほかの市町村と面積を比較してみた。すると、ぼくの大学の母校のある、広島県東広島市と、23区の面積が、おおよそ一緒だったのだ。このことは衝撃だった。ぼくらは学生時代、「東広島市はとても広い」という感覚で生きてきた。北は山々が広がり、南は凪いだ瀬戸内海があり、ひとつの市でリンゴとミカンが採れる、という特異な地域性があった。

そして、在学時の東広島市は合わせて47の地域に分かれていて、ぼくは市町村一周の旅を始める前に、この47地域をスーパーカブですべて巡っていた。ぜんぶ行くシリーズはここから始まったわけだが、そのときも、東広島市というひとつの市が広いことを感じていた。だから、東広島市と23区の面積が同じということは、相当な衝撃なのだ。東広島の山々や田んぼを均して、もちろん広い自然がありながらも、それでも、あらゆるマンションや施設が立ち並び、とにかく「暮らし」によって覆われている世界、それが、東京というまちなのかと。この点においては、ぼくはひたすらに、圧倒されるばかりなのだ。だから、東京に対する印象を短くまとめるなら、ぼくは「普通」と「圧倒的」という、ふたつの相反する言葉が浮かび上がる。

加えて、23区駅一周の旅が終わっても、まだ旅は完全には終わらない。むしろ、始まるという気持ちだ。歩き切らなければ、スタートラインにも立てないような感覚があった。ぼくは写真家を名乗っているのだから、歩き終わってからこそ、自分が見てきたものを、真剣に、一生懸命に、形にまとめたかった。今も、自費出版で写真集にまとめられるように、少しずつ準備している。とにかく真剣に、堂々と届けられるものにしたい。東京に縁がある人にも、ない人にも、何かを感じ取ってもらえるものにしたい。東京という存在が、特別に見られるよりも、比較されるよりも、穏やかな気持ちで、やわらかくなってもいい気がしているのだ。暮らしているのは同じ人間で、根源的な生き方は、土地によって、気にしなくてもいいんじゃないのかなと、ホッとするような、そしてワクワクするような、東京の、普通の写真集をつくりたい。そういう写真集がつくれるはずだと、信じている。

同時に、写真集と合わせて、写真展も開きたいと思っている。ぼくはこの旅を、仕事とは関係なく完全な趣味でやっている。だから、写真展なんて大げさかもしれない。でも、この旅をやっていて思うのは、とても面白かったということだ。知らない東京の日常に出会い続けたことは、全国のどこかへ旅に出ることと何ら変わらなかった。案外気を許せるような、そばに広がる日々の連なりを、ひとつの空間の中で見てもらえたら、とても面白いんじゃないかなあって。写真集も写真展も、告知できる日が無事にやってくるように、がんばりたい。目標は秋だ。終わってからこそ、いよいよ始まりだ。

また、23区駅一周の旅は、次の旧市町村一周の旅にも大きくつながっている。ぼくは東京こそが正義だと言いたくて、23区を歩いたわけではない。答えの見えない、分からないという偏見を取り除きたくて、自分の足で歩いたわけだ。だから、東京を歩き終えることができたなら、見える世界も少しだけ広がったはずで、ならば、次はもう一度、日本を見てもいいのかなあという気持ちでいる。やっていることは別々だけれど、ぼくの中では、つながっている。ひとつひとつの流れの中で、考えて、感じて、撮って、意味が少しずつ生まれて、何かを伝えられる人でありたい。




仁科勝介(かつお)
1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。

HP|https://katsusukenishina.com
Twitter/Instagram @katsuo247


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