むずかしいね


最近、知り合いから「私は自分がないんだよね」と言われた。言わなかったけど、私も彼女が自分のことをそう思っているのだろうなと以前から思っていたからその言葉に驚かなかった。笑っている時も真剣な顔をしている時も目の奥では自分のことを嘲笑しているように見えた。常に「何やってるんだろうわたし」という顔をしていた。

私は基本的にみんなにしあわせに生きてほしいと思うタチなのでどうにか救ってあげたいと少々お節介な思考が働く。ただ、一度そういう思考になったら他人がその人のことをどれだけ褒め称えようと、心の隙間は埋まらないことはよくわかっている。そんなことないよ、あなたにはこんな良い部分があって私はいつもそれに救われているんだよ、とまで言っても「うーん。そうかなあ。まあそうだけどさ…」と堂々巡りになるんだよな。でも私は心理カウンセラーでもなければ世間を感動させる作家でもないのでうまいことばが出てこない。私はこんなに彼女のことを魅力的で素敵な人だと思っているのに。でも「まあ確かに自分を探すことってむずかしいもんね」で終わらせたくない。

なんか大人になってから「あー、まあそうだけどさ。うーん、むずかしいよねえ。」で話が終わることが多くなった。これは考えることや伝えること、意思疎通を放棄しているよね完全に。最近この言葉で会話が終わる時少し悲しくなる。難しいで終わらせたら楽だけどさ、もうちょっと頑張ってみたいよ。確かにその先の会話に踏み込んでしまったらかなりディープな話になってしまうけどさ、そうなったらそうなったで面白いでしょ。そういう話こそ必要じゃんね

私も自分を持っているかと問われたら正直すぐに「はい」とは言えない。やりたいことだってコロコロ変わるし、かなり見ているものや環境から影響を受けやすい性格だし強い人間でもない。でも自分の中で何か頑張れるものや没頭できるものを見つけたいと常々思っている。すでにある人が心底羨ましいしすごく嫉妬する。見つけるためにいろんなものを見たり聞いたりするようにしてるし情報収集もする。ただ、「これだ!」と思っても少し時間がたつと「やっぱ違ったかも」となることもよくある。
一応そういう自分のその時々に「こうしたい!」と思っていることを私は自分の信頼している人に伝えるようにしてるんだよね。それでまあ自分の意見の再確認というか。そんな感じ。ただ私の言うことがコロコロ変わるから周りの友達には心配かけているんじゃないかなと少し不安。でもいいじゃんね、それで自分の考えが定まるなら。ああでもない、こうでもないってやっていけばいいよね。

私の話になってしまったけど、冒頭で話した友達にもそういう風に思っている自分を認めてあげてほしいな。これだ!とすぐに決意できる人のほうが少ないよたぶん てか何もなくたってみんなあなたのこと好きなんだから何も心配いらないのにね みんな毎日ほんとがんばってるおつかれさま

ゆっくりお風呂につかっていっぱい眠ろうね。ちなみに私は最近、漢方茶が良質な睡眠のお供です

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