ランチタイム

10月の日曜日。
私、母、姉、姪の4人で池袋の水族館へ行った。
2時間ほど水族館を歩いて回ってから、お昼を食べに併設のタリーズへ入った。
私と母はラザニア、姉と姪はスパゲッティを注文した。
テーマパークによくあるフードコートみたいな仕様になっていて、学生アルバイトと思われるスタッフが、受け渡しカウンターで次から次へ商品を客へ渡していた。

それぞれトレーを持って、私たちはテラス席に座った。
秋風が吹いて涼しかったけれど、気持ちがよかった。
紙の容器をあけると、思った以上に薄くて小さいラザニアだった。
少し大きめのスマートフォンぐらい。
ドリンクと合わせて、1320円。と私は思った。
最近は小麦製品の食べ物がどんどん小さくなっている。
この前買った個包装のクッキーも、前より一回り小さくなっているようだった。

スパゲッティを食べ終わった姪は、手持無沙汰になったのか
家から持ってきたキーホルダーをいじくっている。
「この前お誕生日にあげたアクセサリーキットは作ってみた?」
私は姪に聞いた。
姪は黙っている。いつものことだ。
姉が、「作ったよね」と言うとやっと「作ったよ」と返事をした。
10歳になる姪は、母親がいる前で自分の話をすることが恥ずかしいみたいだった。
私はさらに聞いた。
「それは『ちいかわ』でしょ。もうひとつのは何ていうの?」
「お文具さん」と彼女は言った。
Youtubeでアニメがやってて学校で人気なのだと姉が言う。
私は自分のスマホを取り出して「お文具さん」を検索してみる。
こんなに簡素で特徴のないキャラクターが小学生に人気なのか、と思った。

突然母が姉に聞く。
「もう〇〇さんとは別々に暮らしてるの?」
一瞬、時が止まったようなかんじがした後で
「うん」
とだけ姉は言った。
私は咄嗟に
「ドーナツでも買ってこようかな。ドーナツ食べる人」
と言うと、母が「あ、食べる」と言った。
やっぱりあのラザニアでは物足りなかったんだ。

私がドーナツを買って戻ってくると、姉はかばんからごそごそと
なにかを取り出す。「これ、よかったら食べて。」
地元のお祭りで買ったクッキーで、どんぐりの粉が練りこまれているらしい。
小さい頃、道でどんぐりを拾って、殻をむいてそのまま口に入れた日のことをぼんやりと思い出した。
まずくてその場で吐き出したけど。
「小さい頃、どんぐりってそのまま食べれるものだと思って食べたことあったな。」
と私が言うと、姉は
「T子は何でも食べてたよね。鼻くそとか。死んだネズミにキスしてたし。」
死んだネズミにキス?
水族館で撮った写真をタブレットで見ていた姪が、「鼻くそ!」と言ってげらげら笑った。
私は死んだネズミにキスした記憶はまったくなかった。
「私が?」
「うん、死んだネズミ見て、チュッて。
ネズミってやばいウィルスいっぱい持ってるって知ってたから、T子が死んだらどうしよう。って思ったけど、その時は怖すぎて何も言えなかった。」

渋谷の街を走るネズミ、いつか読んだカミュの『ペスト』、職場のダサい灰色のジャケット、私のことを「ディズニーランドの似合わない女」と言った男の顔などが、一瞬の間にずるずると脳裏を流れていった。

「でも、今こうして生きてるんだから、よかったね。」
と母が言う。
「そうだね。」
と言って、私はドーナツをかじった。

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