ロシア軍が勝てる可能性はあるのか

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九月初等、ウクライナがハルキウ方面で機甲部隊による突破と戦果拡張を行い、決定的な勝利をしました(不便なため、以後これを攻勢発起点となったと思われるチェグエフにちなみ、チェグエフ攻勢と仮に呼称します)。

当初この攻勢は偶発的なもの、ないし南部のヘルソンでの攻勢への助攻ではという観測でしたが、その後、緻密に計画された攻勢作戦であることがはっきりしました。

この攻勢によりロシア軍は補給の重要な拠点であったクピャンスク並びにドネツク方面への攻勢の拠点であったイジュームを失い、この方面に展開していた部隊が決定的に撃破された公算が極めて高いです。

本記事では、筆者の認識としての現在のウクライナ軍とロシア軍の状況を示し、今後の戦争の趨勢について現段階での所感を示したいと思います。

なお、結論を言うとごく少数のレアなケースを除き、ロシア軍が勝利する可能性はないと言ってよいと思います。

(ただし、ウクライナ軍がロシア軍をウクライナ領土から排除し、完全に勝利するには、これからもいくつもの困難な戦いを経て、勝利や敗北を繰り返すこととなるでしょう。決して楽な戦いではありません)

チェグエフ攻勢(仮)前の筆者の認識

ウクライナ軍について

ウクライナ軍は士気が高く、総動員を行ったことで兵士の数も多いのが有利な点です。

キーウ防衛をはじめ、キーウ撤退後にロシア軍が注力したドンバス方面での攻勢を相当程度抑え込むなど、防衛戦闘においてその能力をいかんなく発揮しました。

しかし、攻勢作戦については、キーウ防衛から今回のチェグエフ攻勢(仮)までの間、幾度か試みられたもののその進捗は芳しいものではありませんでした。

これはウクライナ軍の機甲戦力が初期の戦闘で摩耗しており、まだその戦闘力が回復していない、ウクライナ軍は気候突破を中心とした攻勢作戦を行う能力が弱い、などと考えられていました。

防御は強いが攻撃は相対的に弱い、というのが軍事専門家も含む共通認識だったと思います。

ロシア軍について

初期の作戦で精鋭部隊をかなり損耗しており、練度や士気が低い緊急的に招集した兵士でその穴埋めをしましたが、それでも数と士気の点においてウクライナ軍に対し劣勢で下。

それでもなお攻勢作戦が行えるほど戦車や火砲を中心とした兵器が潤沢にあり、その圧倒的な火力で徐々に前進していました。

しかし、その進捗はとても遅く、ロシアが目標としているドンバス地域(ドネツク/ルハンシクを含めた地域の呼び名)の制圧もウクライナの必死の抗戦により困難な状況と見られていました。

以上のことから、ウクライナ軍ロシア軍ともに決定力に欠け、膠着した状況が長く続くと考えていました。

しかしその認識を一変させたのが今回のチェグエフ攻勢(仮)です。

この攻勢の結果わかったこと

ウクライナ軍は戦略・作戦術・戦術、いずれのレイヤーにおいても攻勢作戦が行えることが判明しました。

アメリカをはじめNATO所属国の様々な支援があるとはいえ、それら支援を縦横に使いこなしこれだけの攻勢作戦が行えることが実証されました。

今回、ウクライナ軍は南部のヘルソン方面で助攻を行い、こちらにロシア軍主力を集結させ拘束し、手薄になったハルキウ方面で構成するという、戦略規模での作戦を実施しました。

また、チェグノフ周辺に戦力を秘密裏に集結し、機甲部隊による突破、戦果拡張、掃討戦を速やかに行いました。

この機甲部隊の中核を担ったのが、ポーランドから提供された戦車を使った様子が見られるのもまた特筆すべきことです。

ポーランドから供与された約二百両の戦車がどこにあるのかはよくわかっていませんでした。

ウクライナ軍はここ数カ月の苦しい戦いの中、そこに戦車を小出しに投入する誘惑に耐え、来たる攻勢作戦に備えて温存する選択をし、機甲部隊の戦力を回復させ、そして8000平方キロメートルと言われる広大な領土を奪還しました。

このことは西側によるウクライナの支援を加速させることとなるでしょう。
ウクライナ軍はその戦力を増大させれば、それに見合った成果を獲得できるだけの能力があることを明瞭に示しました。

対するロシア軍は、その弱さを露呈しました。

戦車と火砲の優越について、この戦闘では全く優位点として働きませんでした。

また、特に明らかになったのが戦力の決定的な不足です。
ヘルソン方面へ戦力を転換した結果、重要拠点であるクピャンスクとイジュームすら防御できないほど、その兵力の量と質は低いと言わざるを得ないでしょう。

ウクライナ軍はこれだけの領土を奪還できるだけの能力があることを示し、ロシア軍は現在保持している占領地すら維持できないのが明らかである以上、よほど劇的な何かが起きなければ、ロシア軍が勝つ可能性はないと言っても過言ではないと筆者は思います。

ロシア軍の勝機を探す

では、その「想像できる劇的な何か」とは何になるでしょうか。

ケース1:総動員令の発令

まず一つ考えられるはロシア国内での総動員令の発令です。

現在、ロシア軍は徴兵制度に基づく徴集兵と雇用契約によって従事している契約兵の二つの戦力があり、国家存亡の危機以外の戦争に投入できるのは後者のみと法律で定められています。

ロシア連邦国家元首のプーチン大統領がこのロシアウクライナ戦争を国家存亡の危機とし、総動員令を発動する可能性があります。

しかし、たとえ総動員したとしても筆者はロシアの勝ち目はほぼないだろうと思います。

たしかに総動員令を発動すれば徴集兵を戦線に投入できるし、予備役を動員して100万規模の軍を編成可能です。

しかし、徴集兵は兵役期間が一年でしかなく、その練度はあまり高くありません。

招集した予備役の練度も同様でしょう。

また、ロシア国民この戦争への熱意はあまり高くなく、となれば兵士として戦場に強制的に送られたとしてもその士気は低いでしょう。

また、士官学校の卒業を繰り上げたという報道もあります。

これが事実なら、前線で指揮する下級将校が今の兵力規模ですら不足していることを示しています。

また、同様に下士官の数も相当足りないと想像できます。

有能な士官も下士官も不在で、練度も士気も低い兵士にいくら兵器を与えてもその戦闘力は十分に発揮されません。

もちろん数が増えればそれはウクライナ軍にとって不利になり、戦局が膠着化したりしてより長期化する懸念は高くなるでしょう。

しかし、高い作戦指揮能力を持つウクライナ軍に、練度が不足した兵士による単なる数に任せた攻勢を行ってもその戦果はさほど大きなものとはならないでしょう。

ウクライナ軍が勝つことはできなくなるかもしれませんが、負けることは想像できません。

また、政治的に総動員令を発動できるのかというのもあります。

自分の意思に関係なく総動員令によって戦場に行くこととなれば一気に厭戦気分が高まり、その結果プーチン大統領への支持率に影響する可能性があり、一種の賭けになります。

また、現在優勢と見られる火力についても、砲弾を北朝鮮から調達しようとしてる動きがみられるなどしており、不足しつつある可能性があります。

戦車もすさまじい勢いで損耗しており、膨大な備蓄も1~2年もすれば枯渇しかねない状況です。

戦車や火砲や砲弾を製造しようにも、西側から調達していた製造機械の輸入が完全にストップしている状況では生産力はどんどん落ちていくため、十分に補充できる可能性は低いです。

唯一の優位点であった火力も不足しつつある状況で、総動員令を発動して兵士の数だけ増やしても大した戦力にならないでしょう。

ケース2:核兵器の使用

次に可能性として挙げられるのが戦術核(低出力核)を含むNBCR兵器(大量破壊兵器)の使用です。

ロシア軍はアメリカとの核戦争を想定して膨大な核弾頭を所持しています。

その圧倒的な火力でウクライナ軍を根こそぎ吹き飛ばしてしまえばウクライナに対しては確実に勝てます。

しかし、これら兵器の使用はアメリカを著しく刺激します。

特に核兵器の使用は、これを見過ごした場合、現在の核抑止の基本的な考えである相互確証破壊が破れてしまうため、何らかの形で報復する可能性が高いです。

アメリカが核戦力含めた介入をした場合、ロシアとNATOの全面戦争になり、そうなればロシアは確実に敗北(その代わりロシア以外の国も核の炎に包まれることになりますが)するため、勝つために使ったのに負けることとなり、意味がありません。

唯一勝機があるとしたら、ロシアが核兵器を使用してもアメリカが特に何もリアクションしない場合ですが、その可能性は0とは言わないものの限りなく低いものとなり、勝機と言えるものかは怪しいです。

つまり、やるかやらないかはともかくとして、総動員令の発令も核兵器の使用も、ロシアの勝利にはつながらないと考えられます。

ロシア側の要因だけでなく、ウクライナ側の要因を考えてみましょう。

ケース3:ウクライナへの支援の停止

考えられるものとして、突然西側がウクライナへの軍事支援をやめるケースです。


ウクライナ軍は兵器の供給や情報提供、情報分析などでアメリカはじめNATO諸国に頼っています。

これの供給が止まった場合、ロシア軍より早く弾切れを起こして抵抗力がなくなるでしょう。

しかし、その可能性は現状とても低いです。

ロシアは燃料高騰によりヨーロッパ諸国の国民が冬の寒さで苦しみ、国へ介入停止を働きかけることに期待しているようですが、ヨーロッパ各国は恥も外聞も捨てて世界中から燃料をかき集めて冬を越す目途が立ったという報道があります。

また、ウクライナ軍がチェグエフ攻勢(仮)を成功させたことで、この戦争が比較的短期(数年)で終わる可能性が大きくなりました。
少なくとも、今回の戦争が始まる直前のドンバスように、膠着状態が半永久的に続く可能性はかなり低くなりました。

そういうタイミングでウクライナへの支援を停止するのか?と考えると、その可能性はとても低いと考えざるをえません。

ケース4:ウクライナ国民の戦意の消失

ウクライナの戦意が急激になくなる、というのもまずありえないでしょう。

基本的に防戦一方だったにもかかわらず、ウクライナ国民は開戦以来極めて高い士気を維持し続けています。

そしてチェグエフ攻勢(仮)の成功により、この戦争に勝てるという自信を深めたことでしょう。

この状況からウクライナ国民の戦意が急になくなる状況はちょっと想像しづらいです。

まとめ

以上をまとめると

  • ロシアが総動員令を発令する

  • ロシアが核兵器を使用する

この二つのケースではロシアが勝てる可能性は低く

  • ウクライナへの西側の支援が停止する

  • ウクライナの士気が崩壊する

この二つのケースは起きる可能性が極めて低く、ウクライナ軍とロシア軍を比較した時、ウクライナ軍の方の優位な点が多い、となるとロシアがウクライナを屈服させる可能性は低く、むしろクリミア含めウクライナ国内からたたき出される公算がかなり大きいだろう、というのが現段階での筆者の予測です。

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