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あぐり 烏城 スペイン風邪 徒然なるままに日暮らしnoteにむかひて

先週からNHKのBSプレミアムで「あぐり」の再放送をやっている。「あぐり」は、日本の美容師の草分け的存在のひとりである吉行あぐりさんをモデルにした朝ドラ。ちなみに、あぐりさんの長男は作家の吉行淳之介さん、長女は俳優の吉行和子さん、次女は詩人・作家の吉行理恵さん。あぐりさんは1907年(明治40年)に岡山市で生まれ、2015年(平成27年)に107歳で亡くなった。淳之介さんも理恵さんもすでに故人で、ご存命なのは和子さんだけになった。

このドラマには思い入れがある。大学に入学(正確には再入学)して上京した年に放映されたからだ。それまでも朝ドラは見ていたが、ほぼすべての回を見た朝ドラは「あぐり」が初めてだった。大学は二部(夜間部)だったので、午後の放送を見てからゆっくりと登校していた。さらに主演を務めた田中美里さんが、以前に住んだことのある金沢の出身で、ミッションスクールである出身高校もよく知っていた。女子校なので(いまは男女共学とのこと)中へ入ったことはないが、所用で近くを通り過ぎたことは何度かあった。伝統的なセーラー服の制服も印象的で、いまも記憶に残っている。金沢市内でその制服を目にすれば、すぐに学校名がわかるくらい皆に知られていたが、生徒たちも誇らしげに着ているようで微笑ましく思ったものだ。

そんな田中美里さんだが、「あぐり」はデビュー作にして初主演作だった。どんな演技を見せてくれるのか楽しみでもあった。また、吉行あぐりさんのことはこのドラマを見るまで知らなかったが、吉行淳之介さんと吉行和子さんはそれなりに知っていた。もちろんドラマだから実際とはちがうだろうが、どんな家庭で育ったのかという興味もあった。あぐりの夫エイスケを演じた野村萬斎さんも、このドラマで初めて知ったように思う。能楽師とは思えないコミカルな演技は忘れがたい。あぐりは東京へ出て美容師となり独立するが、その頃の仲間として登場した鈴木砂羽さんも印象深い。気の強そうなしっかり者の役が似合っていた。鈴木砂羽さんも「あぐり」で初めて知ったが、その後ドラマ「相棒」でお馴染みになった。

ところで、第1週の放送で、エイスケが岡山城を見ながら絵を描いているシーンが出てくる。絵は真っ黒に塗りつぶされ、エイスケはこの世の闇がどうのこうの(だったか)とうんちくを傾ける。それをそばで見ていたあぐりが「闇夜の烏」と嘲っている。こんなシーンがあったこと自体忘れてしまっているが、これはひょっとしたら岡山城にかけているのかと再放送を見て思った。というのも岡山城は別名「烏城」(「うじょう」とも読むそうだが)と呼ばれているからだ。城の外壁が黒く塗られていることから、そのように呼ばれているらしい。姫路城はその白さから「白鷺城」とも呼ばれ、お隣の県どうしということもあってか、二つの城はよく対比されるようだ。

「あぐり」が放送されてから十年後くらいだろうか、岡山出身の畏友に案内されて、短時間ながら岡山を訪れた。そのとき「後楽園」から岡山城を見た。後楽園は金沢の「兼六園」、水戸の「偕楽園」と並ぶ日本三名園の一つであることは言うまでもない。後楽園は藩主が憩う庭でもあったので、岡山城と後楽園は隣り合っている。天守閣は昭和20年の空襲で焼失したが、その後再建された。後楽園から天守閣を眺めてみると、たしかに外観は黒いが、暗さを感じさせる黒ではなく、むしろ落ち着きを感じさせる黒のように思えた。時間がなくて岡山城の中には入れなかったが、これで三名園を制覇できたし、とても良い思い出になった。

第1週の放送では、あぐりの二人の姉、さらには父親までもがスペイン風邪で亡くなってしまう。このエピソードもまったく忘れてしまっていた。ドラマでは夫婦と子ども5人の7人家族である。そのうちの3人が同じスペイン風邪で亡くなったことになる。ウィキペディアによると全世界で5億人(別データによると世界人口の27%)が感染し、5千万~1億人以上が亡くなったという。日本でも「当時の人口5500万人に対し約2380万人(人口比:約43%)が感染、約39万人が死亡した」ということだ。効果のある医薬品はもちろんワクチンもない時代だから当然と言えば当然だが、それにしても凄まじい。あぐりのような家族も珍しくなかったのだろうと思えてくる。細かくは覚えていないが、その頃(大正時代の中頃)の世の中を描いた小説などを読んでいると、スペイン風邪のことではないかと思える描写に出くわすことがある。ドラマも同様だ。ふだんなら「大変だったんだなぁ」で流してしまうところだが、予想もしなかったパンデミックの中に身を置いていると、他人事とは思えず、痛みに似た切実感がこころに刺さってくる。

それにしても、と思う。医学や医薬品を含む科学や技術は確実に進歩した。いまも進歩していると思う。しかし、人や人の集まる社会、社会を方向付ける政治や施策は、果たして進歩しているのだろうか。いまここで小難しいことを書こうとは思わないが、進歩とは何なのか、あらためて考えてみてはどうだろうか。前を見て、明日を夢見ることは大事だが、ときには後ろを振り向き、これまで歩んできた道を見直すことも必要だ。あまりにも前のめりになっていると、足もとの小石につまずき、思わぬ大けがをするかもしれない。

写真:後楽園を訪れた際、後楽園から撮った烏城(岡山城)

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