"上がりきらない熱"は"ネガティブ感情"に似ていると思った話
そうそう、GWに風邪引いた時の話の続き。
たぶん乳がんになったあとからだと思うんだけど、
風邪引いても全然熱が出ないのよ。
子供の頃から気管支が弱い家系なので、真っ先に喉が痛くなるのがいつもの風邪のパターン。
今回はまず悪寒が来て→喉の痛みだったんだけど、熱が上がると思いきや37.5度辺りがだらだら続いて、体に熱が籠もってる感じはするものの、結局38度超えは無かった。
これ、高熱が出なくてラッキー👍なんじゃなくて、
”熱が上がらない”=”熱を上げる体力もない”ってことなんだよね。。。
具合も悪く寝てるしかないから、布団の中ではずーっと頭の中は”ネガティブ祭り”。
しいたけ占いで5月はラッキー月だったのに、せっかくのGWは潰れたし、ブログも書こうと思ってたけど出鼻くじかれたし、1か月無駄にした、どうせ何もできない、もうこれからずっとこんな調子で、”元気に””行動的に”なんて、やっぱり私には無理なんだ、、、
そう、私が感じやすい(お決まりの)ネガティブ感情は
” 諦 め ” の感情だ。
誰かに期待しないし、自分にも期待しない。
眠っている才能なんてない、やればできる、こともない。
自分に力なんてない。信用しない。
私は自分を諦めている。
いや、そうじゃない。だって乳がんになったときは諦めなかった。好きな人とか、受験とか、資格試験とか、諦めなかったときもあった。現に、、今、諦めてないからセミナー行ったり、本読んだり、学んだりしてるわけで、本当に”自分”を諦めているわけじゃない。でも、どこかで、自分の人生が変わるきっかけを、「誰かが見つけてくれる、教えてくれる、導いてくれる」「いつか見つかる」と、人頼み、運任せのように待ってる。人生は諦めてないけど、自分の力は信用できないから諦めてる。
”熱”が足りないのだ。
自分の中から湧き出る熱。
病気をしたから、年だから、更年期だから、、
しょうがないよね、、じゃなくて、
もうホントにこのままは嫌だ!変わりたい!自分が変える!
という決意。
外からきっかけを与えてくれるの待ちじゃなくて、
自分から動く。
背中を押してくれるの待ちじゃなくて、
自分が動く。
誰かが認めてくれたからじゃなくて、お墨付きがなくても
自分がやりたいことはやる。
まあ、子供の頃の記憶をたどれば、「そうやって諦めるようになったんだな、、」って思い当たる節はある。
でも、原因究明はさておき、
私のネガティブ感情の基本というか、軸になっているのは
”諦め”という感情だと気づいたので、手放すことにする。
傷つきたくないしがっかりしたくないから諦めてきたんだよね。でも本当は諦めたくないんだよね。
実際もっと自分には力があるって、自分に期待してるもんね。ただ人目も気にするし、プライド高いから失敗したくないんだよね。だから、「私コレで十分です」風に装ってたんだよね。もっと本当は負けず嫌いで欲深いのに。
、、、、という感情を受け入れて、
諦めの悪いしぶといBA★BA★Aで行こうと思う😉
ふっし-でした。おしまい(まだ続くかもわからん)
いつも読んでいただいてありがとうございます。「スキ」や「フォロー」もありがとうございます。オヤツなどに使わず、執筆活動のために有意義に使わせていただきますので、「サポート」していただけるとありがたいです!小躍りして喜びます💛