石鹸の香りがすると思い出す
私が十九歳の時、コンビニでバイトをしていると同じバイトの二つ年上の男の人が時々私に声をかけてくれた。
私は人見知りが激しかったので、仲のいい同じ年の女の子と一つ年下の生意気な男の子としか喋らず、話しかけてくれる彼には「はい」とか「そうですね」くらいしか話すことはなかった。
彼は私がバイトを終える15分前になると店にやって来た。
お客さんがいない時、彼はいつも楽しそうにバイト仲間たちと話している。
ある日、私が帰る準備をしていると彼が私の近くに来て冗談を言った。
私は思わず吹き出してしまうと
「初めて笑ったね!」
彼はニコニコ。嬉しそう。
その時、私は初めて彼の顔をじっくり見た気がした。
好みのタイプではないけれど、優しい人柄が滲み出た親しみやすい爽やか青年だった。
「お疲れさま。またね!」
彼は胸の前で小さく手を振った。
私は軽く会釈をした。
彼が去ったあと、石鹸みたいな香りがほのかにした。
今度会う時は、笑顔で話しかけてみよう。
帰りの足取りがちょっとだけ軽くなっていた。
その後、私は体調を崩してバイトを辞めることになった。
彼とはあの日会ったきりで、もう会うことはなかった。
下ばかり見ていないで、もっと周りの人のことを見ておけばよかった。
よく考えてみれば、彼がいる空間が好きだった。彼の笑い声と彼の香り。彼の周り人たちも彼の前では穏やかな雰囲気になる。
今頃気づくなんて。私はかなり鈍感だ。
そう思ったら、涙がこぼれていた。
公園のベンチに座り、空を見上げていると桜の花びらがヒラヒラと風に舞い散って私の顔の上に張り付いた。
空の柔らかい水色が私を慰めてるくれているような感覚がした。
春に石鹸の香りがすると思い出す、十九歳の淡くて苦い記憶。
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