マガジンのカバー画像

critique  古谷利裕

110
運営しているクリエイター

2016年5月の記事一覧

秋幸は(ほとんど)存在しない—「岬」(中上健次) について(1)

秋幸は(ほとんど)存在しない—「岬」(中上健次) について(1)

古谷利裕

1.語り手と登場人物との関係の歪み0.はじめに

「岬」を読んでいて強く感じられるのは、秋幸という登場人物の徹底した受動性であろう。彼はあまりにも過保護であり、あらゆる事に関して人任せであり、自ら進んで能動的に行為を起こそうとすることがない。確かに、彼をとりまく関係はあまりに複雑であり、彼の住む土地(世間)はあまりに狭い。彼は、その複雑に絡み合う関係の濃度こそが自分自身を縛っていると感

もっとみる
経験(≒わたし)の分配――法条遥『バイロケーション』と『リライト』(1)

経験(≒わたし)の分配――法条遥『バイロケーション』と『リライト』(1)

古谷利裕

1.「わたし」の唯一性のゆらぎ法条遥は、二〇一〇年に日本ホラー小説大賞長編賞を受けてデビューし、本稿執筆の時点では『バイロケーション』『地獄の門』『リライト』『404 Not Found』の四冊の長編を出版している。本稿では『バイロケーション』と『リライト』について言及する。これらの作品についてネタバレなしに言及することは不可能なので、以下で作品の重要な真相に触れている点に留意されたい

もっとみる