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「子供が将来、お金持ちになれるか否かは4歳で決まる!」説はちょっと違うという話

あなたは「マシュマロテスト」という実験をご存知でしょうか?

よくビジネス雑誌やマネー本、Web記事などで、「成功者」であったり「お金持ち」になる人はこういう人だ!という文脈で紹介される有名な実験です。

そしてこの実験により、「お金持ち=成功者になれるか否かは、4歳で決まる!」という神話がまことしやかに信じられるようになりました。

今回は、この「人生における成功は4歳で決まるのか?」について考察したいと思います。


自制心こそが人生の成功の鍵である?!:オリジナル実験が生んだ「自制心=成功」神話

マシュマロテストは、スタンフォード大学の心理学者ウォルター・ミシェル氏によって1960年代後半から1970年代前半にかけて実施されました。

ミシェル氏らの研究チームは、スタンフォード大学の付属幼稚園に通う4歳児を対象に、マシュマロテストを行いました。子供たちは一人ずつ部屋に呼ばれ、机の上に置かれたマシュマロを見せられます。

そして、研究者から「今すぐこのマシュマロを一つ食べてもいいし、私が戻ってくるまで待つと、もう一つマシュマロをあげます」という選択肢を与えられます。

研究者は部屋を出て、子供たちは一人きりになります。この時、子供たちは目の前のマシュマロを食べるか、それとも我慢して二つ目のマシュマロを待つかの選択を迫られるのです。

ミシェル氏らは、この実験を通じて、子供たちの自制心と将来の成功との間に相関関係があることを発見しました。

マシュマロを我慢できた子供たちは、そうでなかった子供たちよりも、学業成績が良く、社会的に成功する傾向があったのです。この結果は、「自制心こそが人生の成功の鍵である」という考え方を広め、マシュマロテストは一躍有名になりました

その後、ミシェル氏らは、マシュマロテストに参加した子供たちを長期にわたり追跡調査しました。10年後、20年後、そして40年後と、子供たちがどのように成長したかを調べたのです。その結果、マシュマロを我慢できた子供たちは、学業成績が良いだけでなく、人間関係が良好で、ストレス耐性が高く、健康的な生活を送っている傾向があることがわかりました

これらの結果は、マシュマロテストが単なる子供の自制心を測る実験ではなく、将来の成功を予測する指標となりうることを示唆しています。自制心は、学業、仕事、人間関係など、人生の様々な場面で重要な役割を果たす能力です。マシュマロテストは、私たちに自制心の重要性を改めて認識させ、それを育むための教育の重要性を示唆するものでした。

再現実験が明らかにした真実:経済格差が影響する「長期的な視点」

しかし、2018年にニューヨーク大学が行った再現実験で、この「成功神話」に疑問が投げかけられました。

再現実験では、オリジナルの実験とは異なり、アメリカの人種・経済環境を反映した多様な被験者層で実験が行われました。具体的には、白人の中流階級家庭の子供たちだけでなく、黒人やヒスパニック系の子供たち、低所得家庭の子供たちも実験に参加しました。

その結果、マシュマロを我慢できるかどうかは、子どもの「自制心」よりも、「社会的・経済的背景」に大きく左右されることが明らかになったのです。つまり、オリジナルのマシュマロテストの結果は、当時のアメリカの特定の層に偏っていた可能性があり、「自制心=成功」という単純な図式は成り立たないことが示唆されました。

なぜ、社会的・経済的背景がマシュマロテストの結果に影響を与えるのでしょうか?

貧困家庭で育つ子どもたちは、「今日食べ物があっても明日はないかもしれない」という不安や、「買ってあげる」という約束が守られない経験をすることがあります。そのような環境で育つ子供たちは、目の前の欲求を満たすことを優先する傾向が強くなるのも無理はありません。

一方、裕福な家庭で育つ子どもたちは、両親が十分なリソースを持っていることを経験的に知っており、将来への安心感があるため、「喜びを先延ばしする」ことができる傾向があります。彼らは、目の前のマシュマロを我慢することで、より大きな報酬を得られることを信じる余裕があるのです。

ジョンズ・ホプキンス大学のクリストファー・キャロル氏は、富裕層は将来を見据えた計画を立てやすい一方、貧困層は収入を得てもすぐに消費してしまう傾向があると指摘しています。

これは、ニューヨーク大学の再現実験の結果とも一致しており、経済格差が人々の長期的な視点に影響を与えることを示唆しています。つまり、経済的に恵まれた環境で育った子どもたちは、将来への投資や計画を立てる余裕があり、それが結果的に学業やキャリアでの成功に繋がることが多いのです。


マシュマロテストが教えてくれること

マシュマロテストは、単なる子どもの自制心を測る実験ではありません。

それは、自制心を育むすべての要因が経済的・社会的な格差とは言い難いものの、2018年の再現実験は、それでも経済的・社会的格差が、子どもの発達や将来に大きな影響を与えるという現実を浮き彫りにしています。

「自制心」は確かに重要な要素です。ですが、それだけが成功を保証するわけではありません。子どもたちが安心して将来を夢見ることができる社会、経済的な格差が教育機会や将来の選択肢を狭めない社会を作ることが、私たち大人の責任です。

私たちは、子どもたちが自分の可能性を最大限に発揮できるよう、経済的な支援だけでなく、教育機会の平等や、精神的なサポートを提供していく必要があります。

またマシュマロテストは、私たちが未来に向けて進むべき道を示すヒントなのかもしれません。それは、単なる個人の努力や自制心だけでなく、社会全体の構造的な問題にも目を向け、より公正で包容的な社会を築くことの重要性を教えてくれるのです。

また、マシュマロテストはそのシンプルな実験方式から、様々な視点から研究されています。

2022年6月には、「マシュマロテスト」の新たな解釈:誘惑に抵抗するには、子供の文化的育成が重要」であるという、コロラド大学ボルダー校が主導し、京都の子どもたちとコロラド州ボルダーの子どもたちの自制心を実験比較した結果が報告されています。

この様に、マシュマロテストは、私たちに多くの問いを投げかけます。

  • 自制心を機能させる前頭葉の働きの違いは遺伝で決まるのか。

  • それとも自制心は後天的に鍛えられるのか。効果的な鍛え方はあるのか。

  • 成功につながる自制心は、経済的・社会的格差が影響を与えるのか。

  • それとも文化的背景の違いから生まれるのか。  etc.

いずれにせよ、様々な再現・追実験の結果から、どうやら「お金持ち=成功者になれるか否かは、4歳で決まる!」訳ではないようです。

そして、個人的にこのマシュマロテストが生んだ4歳神話から得た教訓があります。私自身、コンテンツを作ったりこのnoteをまとめる際に「科学的・論文で証明されている」という内容を、しばしば最終的な根拠として説明することが多くあります。

おそらく、ビジネス雑誌やマネー本、Web記事などで、「成功者」であったり「お金持ち」になる人はこういう人だ!と発信の根拠とされているマシュマロテストの情報は、冒頭で紹介したスタンフォード大学の研究結果が基になっています。その後の類似、再現実験による報告は取り入れられていません。

スタンフォード大学という名前で、鵜呑みにして信じて紹介したのでしょうか。それとも、人は自らの見たいもの、信じたいものを信じるという「確証バイアス」の影響なのでしょうか。

いずれにしても、私が気が付かされたことは、科学は進化し続ける分野であり、今日の「事実」が明日には覆される可能性もあること。生成AIを使って生活をする、仕事をする機会が増えると、今以上に「事実」は何かを見抜く知識と能力が必要になります。

だからこそ、科学的な主張に対しては、常に質問を投げかけ、証拠を求め、そして何よりも専門家でなくとも、まずは自分の頭で考えることが求められるのだと実感しました。

最後に、科学的根拠を「疑ってみる」ことの重要性について触れられた本のリンクを紹介して、今回のnoteを終わりたいと思います。

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