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古着屋の葛藤

よく古着屋は転売ヤーと同じと言われることがあります。

同時に、スーパーだってそうだと反論することもよくあります。

ただ、着目すべきところは、古着屋が筆頭に転売ヤーじゃないかという意識が潜在的にあるということで、

それは僕たちの中にある無意識的な感覚がそう言っていると僕は思います。

そういう意味では、古着屋は転売ヤーぽいみたいな意識は直感を大事に生きている僕からすると安易に見過ごすことはできず、

悔しくもあり、どうしようもないとも思いますが、嬉しくもあるという複雑な感情に襲われるわけです。

第一にまず古着屋は偉そうにはできないなと思います。

服を考え、デザインし、作った人がまずもって凄いのであって、私たちはその間の橋渡しに過ぎず、何らクリエイティブ性の富んだ活動はしていません。

では、我々の才は何なのか。

当然に、数多ある古着の中から厳選し、まあ厳選しないところもありますが、それはそれで需要がある層もいますが、基本的には厳選を行い、これがお客様に刺さるのではないかと、思うわけで、それを集めて行きます。

ただ、それも段々と慣れてはいきます。
作業的になり、あ、これねこれはいいよね
みたいな感覚にもなるわけです。

だから、そもそも古着屋は、謙虚であらねばならないし、お客様に対しては、そのデザインを考え作った人たちへのリスペクトも込めて、失礼はしてはならないということが、真理なのかなあと。

つまり、やはり多くの人が古着屋は転売ヤーだというのはその通りだと認めざるを得ないと思うし、深く考えれば転売ヤー的商業はたくさんあるし、ほとんどそうなのかもしれません。

でもその代表が古着屋ということは、同時に熾烈な戦いということで、いかに他店に負けないお店を作っていくのかということが大切になります。

古着屋を初めて半年を過ぎ、そのことに最近気がつきました。

うちのお店は狭くて、品数も他店に比べるとあまり多くは置けません。

その中で一体どうやって、他のお店と差別化していくのか。

色々と考えながら、今日も電車に揺られ、お店に向かいます。

電車でクラロワするのやめて、毎日note書こうかな。笑

誰かが見てくれてお店に来てくれるかもしれないし!笑

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