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「おススメの神社ってどこ?」という質問に対する答えは一択(怒)

2022年、新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。ふるべひふみと申します。

とある病院で診療情報管理士という仕事をしています。ざっくり言うと病院の事務職ですね。

さて、僕は趣味と特技のひとつが「手相鑑定」でして、職場全体の200人から300人規模の飲み会ともなれば、何人もの女性(主に看護師)の手相を観るはめになることがしばしばあります。

そんなこともあって、「スピ好きおじさん」として通っている僕。毎年のことなのですが、昨年末もやはり、病院内で通りがかりに看護師や女性事務員から「初詣って、どこに行けばいいんですか?」「お参りに行くのにおススメの神社ってありますか?」と何人かに聞かれました。

僕、この質問が大嫌いなんです。

昨今のコロナ禍で厄(疫病)払いのためのパワースポットとして全国の様々な寺社仏閣がメディアで取り上げられることが増えています。とくに初詣の時期ということで、雑誌やネットでは「○○にご利益がある神社」とか「2022年に参拝すべき神社」といった記事をたくさん目にしますよね。

こういうの、見ただけでイラっとします。

本当は神社参拝なんて興味がないけど仕事だからと、ライターさんが面白半分に雑誌の販売数を伸ばすため、ページビュー稼ぎのためにタイムリーな話題や観光スポットをまとめてるだけじゃないか。観光と信仰のセット販売かよ?

、、、とついつい批判的な目で見てしまいます。

もちろん、「今年は寅年だから干支に因んだ神社」「建立100周年の記念すべき年」「受験を控えているから学問の神様が祀られている神社」「もうじき30歳になっちゃうから縁結びで有名な神社」と、参拝する神社を選ぶ理由と目的は人それぞれですし、間違いであるとは思いません。

ですが!

(ここまでも、ここからも、この記事は完全に僕の私見です。あしからず)

「どこの神社がいいか?」と聞かれたら、僕の答えは一択、
「地元の神社に行きなさい」です。

「え? 私好きな人がいるから縁結びの神様がいいんですけど」と、質問してきた相手が面食らっても、
「地元の神社に行きなさい」と答えます。

「ウチの地元って集会場(公民館)と一緒になってる小さくて汚い神社しかないですよ」と食い下がられても、
「地元の神社に行きなさい(怒)」と押し切ります。

「そこって何のご利益がある神様か知らないんですけど」とそれでも不満げな顔をされたら、
「アナタニホンゴワカリマスカ~?」と言って立ち去ります(笑)。


さて、「地元の神社」の「地元」ですが、例えば各都道府県にはそれぞれ代表格とされる有名な神社があると思います。

ですが、僕の言う「地元」は都道府県よりもっと絞り込んで、さらに「市町村」よりもっと絞って、アナタが住んでいる地区の小学校の学区内にある神社と捉えていただければ、間違いはありません。要するにアナタの家の「近所にある神社」のことです。

地元の集会場と同じ敷地内にある小さくて汚い(失礼な言い方ですが)神社でいいんです。何のご利益がある神様か知らなくてもいいんです。

先ほど例に挙げた干支に因んだ神社だったり、特定の願い事が叶うと有名な神社ではなく、とにかく「近所にある神社」をおススメします。

では、なぜ「地元の神社」「近所にある神社」を僕がおススメするのか。

それは、「地元の神社」「近所にある神社」はアナタが住んでいる土地を守ってくれているからです。そしてもちろん、そこに住んでいる人々のことも守ってくれています。

せっかく、アナタの家の近くでアナタのことを守ってくれている神様がいるのに、「○○のご利益で有名だから」「昨日のテレビ番組で観たから」という理由で、縁もゆかりもない遠方の神社にアナタが行ってしまったら、「地元の神社」「近所にある神社」の神様はどう思うでしょうか?

例えば、職場の人間関係に置き換えて考えてみましょう。

あなたは、ある部署の主任あるいは係長という中堅クラスの職位に就いています。ある日、自分の部下が仕事に関する心配事をアナタの上司である部長に相談していたことを知りました。

この時、アナタはどういった思いを抱くでしょう? 

「どうしてまず僕に相談してくれなかったのかな」「僕じゃ役に立たないと思われてるのかな」と心配になりませんか。

「あのヤロー、直接部長に直訴しやがって、社会人の何たるかが成ってない奴だ!」と憤りすら覚えるかもしれません。

家族の間でだって、自分の子供が自分ではなくおじいちゃん・おばあちゃんにばかり何かを相談したりお願いしていたら、自分が親として頼りないのではないかと不安になったり、イライラしたりしませんか?

それと同じで、「地元の神社」「近所にある神社」の神様が、常日頃からその土地と人々を守ってくれているということを人々が理解せず、感謝の意を示す素振りを見せなければ、

「この恩知らずめ!」とアナタを見放してしまうかも知れませんし、人間でいうところの「逆切れ」を起こして、アナタに災いをもたらしてしまうかも知れません。

アナタは「神様がキレるわけないじゃん」と思われるでしょうが、日本書紀や古事記に登場する神様は、気に入らないことがあると急に暴れだして建物を破壊し、天災を引き起こしたり、嫉妬や怒りに狂って親子・兄弟同士で殺し合ったりしているのです。

我々人間より高い存在である神様なのですから、人間の喜怒哀楽の感情を持っていても不思議ではないですし、その表現が人間以上に強いのかも知れません。

日本の神様はたくさんいて成り立ちも様々です。恩恵をもたらしてくれることに人々が敬意を示して信仰している神様ばかりではなく、人に厄をなす悪神を鎮めるために神様として丁重に祀っている場合もあります。

「金運にご利益がある神社」というのは、かつてここで参拝した人が大金持ちになった、というような伝承からお金にご利益があると人々が信じ、広まっていったもです。

有名な戦国武将が必ず戦の前に勝利を祈願したことから、「勝負事にご利益
がある神社」と呼ばれている神社も多数あります。

では、「地元の神社」「近所にある神社」が何のご利益があるのか調べてもわからなかったり、自分の望むものと違うご利益がある神社であったらどうすればいいのでしょうか。

僕は病院勤務をしているので、やはり質問してくるのも看護師だったりしますので、「薬みたいにあれに効くこれに効くっていうのではないと思うよ」と答えるようにしています。

さらに、「よくテレビに出てくるようなすごい占い師さんって、恋愛相談だけじゃなくて、仕事のことも人間関係のことも、なんでも占ってズバリ当てるじゃん。神様なんだから、もっとなんでもわかるよ」と言うこともあります。

まあ、こんな説明でわかってもらえるのかな、と思うこともありますが、意外とこんな説明でみんな納得してくれますし、「しかも、自分の神社が建ってる地元の人のことは悪いようにはしないよ」と付け加えれば、安心してくれます。

さて、ここまで僕の思うところを綴らせてもらいましたが、もちろん、特定のご利益を求めて遠方の神社に行ってもいいんです。

ただ、「地元の神社」「近所にある神社」にちょくちょく参拝に行っているという条件が付きますけれど。

そもそも家から遠い近いに関わらず、ほとんど神社になんて行かない。でも悩みや叶えて欲しいお願い事があるときにだけ参拝に出かける。

そんな人が「○○にご利益がある」からといって、地元の神社を一足飛びに飛び越して他の神社に行ってしまうのはどうなのかな、ということです。

いざという時、何かあった時に守ってくれるのは「地元の神社」「近所にある神社」であると思います。

ところで、せっかく神社に行くのならば、きちんと神様にお願い事をお伝えしたいですよね。そのためのコツをコチラの記事にまとめています。

有料にしていますが、興味があればぜひ!!


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