CRままならない休日
寮の近くのスーパーで夕飯の買い出しをしていたら同僚に見つかった。
内心、ゲッと思い隠れようとしたが、ときすでに遅し。
「あれ? 吉村~ひとり~?」と声が掛かってしまった。
「はぁ」と見ると、先輩の男と同期の男の二人が、やはり夕飯の買い出しに来ていた。
「え、ほんとにひとりなの?」
先輩がまわりをキョロキョロして改めて聞いてきた。寮に住んでいる社員は連れ立って歩くことが多いからだろう。現にいま彼らも一緒に買い出しに来ている。
「そうですよ」
そう言って一人分の食材が入ったカゴを持ち上げてみせると、先輩は大袈裟に憐れんだ。
「吉村ちゃん~。なに? 女子にハブられてんの? 他の奴らはいっつもつるんでんじゃん。女子ってそれが普通だろ? なんか吉村っていつもヒトリだよなぁ。さみしくない? そうだ、俺らと一緒に夕飯食べようよ。な?」
余 計 な お 世 話。
とも、先輩には言えずに、なんだか夕飯を共にする流れになってしまった。
ツイてない。
私はひとりが好きらしい。
たとえば、中学校や高校時代に、誰かと連れ立ってトイレに行きたいなどと思ったことは一度もない。考えたこともない。
もし一緒に行こうと誘われれば断らないし笑顔で向かうけれども、自ら常に誰かと一緒に行動したいとは思わないタチだ。
そんなわけだから、もちろん勤務時間外に同僚と過ごしたいとも思わない。一人でスーパーに来ること夕飯を食べることにもなにも問題を感じない。
が、それは、カワイソウに見えるらしい。
食材を買って先輩の部屋で夕飯を食べていると、仕事を終えた同僚たちがぞくぞくと集まってきた。最終的には寮の狭い6帖に6人の男女が詰まってお酒を飲む状況になった。
テレビ画面にはCRエヴァンゲリオンのDVDが延々と映されていた。これはパチンコの確変とかの画面を見れるものらしく、リーチが掛かるたびに聞き馴染みのある例の歌が流れてくる。
「魂のルフランはマジで出ねぇ」と部屋の主がボヤくのを、他のメンバーは聞くともなしに聞きながらチューハイをすすっていた。
「なぁ、明日、みんなでエヴァ打ちに行く?」
おもむろにひとりが言い出した。延々と見させられる映像のサブリミナル効果でもあったのかもしれない。確認すると、みんな明日は休みである。
私はまた内心、ゲッと思う。
なんでせっかくの休みにみんなでエヴァを打ちにいかなきゃならないのか。明らかにめんどい。
しかし部屋のメンバーは乗りの良い人たちばかりで(もしくは全員サブリミナル効果にやられて)「いいじゃん」「6人で並んで打とうぜ」などとすでに盛り上がっている。ここでひとり拒否するのもまた、面倒そうだ。
「わかりました。起きれたら行きますね」
と、とりあえず言っておく。起きるつもりないけど。行かないけど。
すると同期の男がこちらをじとっと睨んだ。
「オマエ、来るつもりないだろ」
私は、ん? と見返す。
「行くよ。起きれたら全然行く」
「嘘だな。絶対来ない」
「嘘じゃないって。行くつもりあるって。なんなのよ」
「いや、そう言ってオマエ絶対来ないだろ。わかってんだからな」
なんなんだコイツ。いつの間に読心術でも得たのか。
行く、来ない、のやり取りをしていたらまわりにも「吉村こないのか?」と疑惑が広がっていくのを感じたので、私もムキになって終いには「絶対行くってば!」と約束してしまっていた。
結局次の日、私は集合場所に立っていた。
やってきた同期を「ほら、来たでしょ」と見てやると、ヘェと言ってダルそうに欠伸をした。コノヤロウ。
エヴァのパチンコ台はちゃんと人数分空いていたので、私たちはめでたく6人一列になって打つことができた。
私はパチンコをするのははじめてである。
なんなら部屋の主であった先輩ひとりを除く他のメンバーも、ほぼ初心者レベルの者ばかりだった。
ひとまずハンドルをグイっと回してみたらとんでもない勢いで玉が飛び出し驚く。これでは強いらしい。ほんのわずか傾ける程度に調整すると中央付近に着地するようになった。
ただ座り、右手をすこし動かしているだけなのに、目の前ではクルクルとスロットのようなものが回り、音が鳴る。
「暴走だ!」
ややあってそんな声がした。隣の台がチカチカと異常事態的に光っていた。警報音みたいなものが鳴り、画面ではエヴァが暴れている。なんだかすごい雰囲気だが、見に来た先輩が「大丈夫!これはイイヤツ!」とザックリアドバイスして去っていった。
「ロンギヌスの槍ー!」
他の台でも声があがる。いかにもカッコいい演出が台の上で繰り広げられておりただ事ではない。それにも先輩が「それもイイぜ!」とやはりザックリ言う。
とにかくなにか起これば「イイ」わけだな、とこちらもザックリ理解して挑んだが、その程度の理解でも案外普通に楽しめた。
結局誰の台からも「魂のルフラン」を聴くことはなかったけれど、ビギナーばっかりのメンバーはそれぞれに多少のluckを手にすることが出来た。私も1箱のポッキーを受け取り、例の同期の戦果を聞くと、ヤツだけは2万も勝っていた。コノヤロウ。
「コイツの2万で焼肉食いに行こうぜー!」
「やめてくださいよ、2万じゃ足んないでしょ。絶対」
とみんながまだわいわいしているのを「じゃ私はこれで!」と早々に帰った。焼肉はもちろん、食べなかった。
そんな休日があったのも、もう10年も前のことである。
私はひとりが好きだから、大好きなひとりの休日もたくさん過ごしてきたけれど、不思議とあの不本意にパチンコをした日のことを思い出す。
それは、意外にもパチンコが楽しかったからかもしれないし、例の同期の男がいまの夫となって隣でダルそうに欠伸をするからかもしれない。
ツイてないなぁって、あのときは思ったけど、そんな1日が人生にあったことはそう悪いことでもないな、といまは懐かしく、思っている。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?