白猫
朝、家を出ると、ふと背後から視線を感じた。振り返ってみると近所の飼い猫が塀の上からこちらを見ている。
白く短い毛並みに、右眼が青、左眼が黄色の雄猫である。以前、名前を聞いたのだが教えてはくれなかった。だから、とりあえずシロネコと呼んでいる。
いつものように私は「おはよう」と、シロネコに挨拶をした。すると彼は、私をじっと見据えたままこう言った。
「オマエ、アタマノテッペンヤバイゾ」
「え? てっぺん?」思わず頭に触れてみる。
どうやら頭頂部の髪の毛が薄くなってきているらしい。そういえば、このところ仕事がトラブル続きであった。遺伝的には問題ないはずだから、恐らく神経性のものだろう。
とりあえず右の目玉を外して自分の頭を見ることに。なるほど。確かに薄くなってきている。ふむ、仕方がない。
私はそこら辺に生えている雑草を頭に植えて応急処置を施すことにした。なるべく汚れていないものを選ばなくては。
学生時代にはナイフを埋め込んだことがあるが、これが失敗だった。周りから変な目で見られた上、警察を呼ばれる羽目に。何と言ってもナイフが邪魔で眠れないのが一番つらかった。まさに若気の至りである。
施行を終えた後は取り外した目玉で確認。うむ、完璧。黒い髪の毛の中、緑のアクセントが中々洒落ているではないか。これなら会社の女の子たちにも笑われまい。
実は、つい先日も笑われたばかりであった。私の鼻が逆さまになっていたからである。トイレで大き方をする時に変えたまま忘れていたのだ。
鼻の向きを変えたところで臭うものは臭うと思われがちだが、そんなことはない。便臭にはメンタチオールという成分が含まれている。これが例の腐ったような臭いの原因の一つなのだが、この成分は空気より重い。
つまり、鼻の穴の位置を上にするだけで、便臭を直接嗅ぐことを防げるはずなのである。
だが、この説明を女の子たちにすると、ますます笑われる結果となった。彼女たちは何でも笑いのネタにしたがるから厄介である。いやはや、今回も危ないところであった。
「教えてくれてありがとう。それじゃあ、行ってきます」
シロネコに声を掛けた後、私は仕事に出掛けようと歩き始めた。しかし、何故か右の目には彼の顔が……。
ーーしまった! 置き忘れた!
急いで戻ろうとしたが時すでに遅く、彼の鋭い牙が見えたかと思うと、右の目は真っ暗闇に包まれた。
仕方なく私は一旦家に戻り、スペアの目玉を取り付けた後、再び家を出た。シロネコの姿は無かった。
【了】
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