『桜の樹の下には……』
 こんなセリフを、梶井基次郎の小説で、読んだことがある。果たして今年の「桜」を、僕は、どんな気持ちで眺めるのだろうか?

――その日の僕は、荒れていた。
 これで、もう、4つ目だ。落ちた大学の数だ! しかも、滑り止めに受けていた大学にすら落とされるとは! もう、後が無い……。2浪なんてできやしない! 2次募集の大学を探すしか、ないのだ。
 昨日、高校の友人のツチヤが、電話で話していた。僕が落ちた大学に、入学することを。そして……。そこでも、2次募集があるとのことを。
「もう、オレなんかどうでもいいんだ!」
「そんなこと、わかんないじゃん! 受けてみろよ。な? 受けてみろよ!」  弱音を吐く僕に対してツチヤは、珍しく怒りを顕わにし、念を押すように電話を切った。わかってはいるんだ! わかっては……。
「うああああああ! もう、どうすりゃいいんだ!」
 いまにも気が狂ってしいそうになりながら、僕はベッドの上に倒れこむ。すると、思わぬ言葉が僕の口から、飛び出した。
「大学ハ何トカシテヤル」
「?」
 本当に、いま、僕が言ったのか? 僕は、本当におかしくなってしまったのか? それとも……。

――4月
 2次募集で受けたその大学に、僕はいた。
「ツチヤ!」
「お~フロヤマ」
 ツチヤの姿も、そこにはあった。
「お前、サークルどうする? もちろん、軽音だよね?」
「ああ、そうだな」
 僕とツチヤはお互い、高校時代にバンドを組もうとしていたが、結局組めずにいた。だから、今度こそはバンドを組もうと話していたのだ。
「じゃあ、部室を覗いてみようぜ」
「ああ、そうだな。行ってみようか」
 僕も無口な部類ではあるが、僕以上にツチヤは無口で、いつも冷静な男であった。そんなツチヤが“あの日”は我を忘れるほど、僕の叱りつけたのだ。 僕はツチヤに感謝していた。あれが無ければ、いまここには、いなかったのかも知れないのだから。そして“あの声”にも…… 。
 合格発表の前の日の夜、僕は、夢を見た。亡くなったおじいちゃんが、微笑んで僕を見ている。ただ、それだけの夢を。
 朝、目覚めたとき僕は、胸の高鳴りを抑え切れなかった。“あの声”はおじいちゃんのものだったのだろうか? 掲示板に自分の番号を見つけた時、それは確信へと変わっていった。
 構内の桜には、花が少し残っていた。
『桜の樹の下には……』
 梶井基次郎の小説が、思い起こされる。しかし僕は、小説とは違う答えを、導き出そうとしていた。
 桜の樹の下に埋まっているもの……それは……。
――未来への希望なんだ!
……そう思った瞬間。
 僕からまた、“あの声”がした。
「マッテイタヨ、フロヤマ。楽シク、ヤロウゼ」


【了】

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