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常連の責務を全うしたくなってしまう話。

よく行くタイ料理屋さんでの出来事。

いつも注文するメニューは大体決まっている。席について、私はいつものようにマッサマンカレーを頼もうと思っていた。ちなみに妻は、大抵いつもカオマンガイを注文する。

すると、今回は、我々が言葉を発する前に、店員さんのほうから「いつもありがとうございます。メニュー、いつものでいいですか?」と言ってくれた。

「あっ、覚えていてくれるんだ…」と嬉しい気持ちになった。その一方で、「今後、私はもうマッサマンカレー以外は注文できないな」という覚悟をした。レッドカレーやグリーンカレー、ガパオやトムヤムクンも気になっていたが、今後このお店では、マッサマンカレーの一本で行くことにした。それは諦めとかそういうネガティブな感情ではない、単に決意とか覚悟の思いだ。

なぜだろう。
そう考えていたら、こんなことも思い出した。

今はもうほぼほぼ在宅ワークで働いているけれど、会社に出社している頃は、昼食時には、私は大抵いつも同じ立ち食い蕎麦屋さんに通っていた。

そこで注文するのは、春菊天ぷらうどん、そして、無料トッピングとしてネギ多め。その一択だ。

春菊天ぷらうどんは元々好きだが、私は実は普通のたぬき蕎麦が大好きだ。たまに、かき玉蕎麦が食べたくなることもある。けれどこの店では私は、春菊天ぷらうどんとネギ多めしか食べない。

それは、ある時、食券を店員さんに出した時に言われた一言から始まった。
「いらっしゃい。いつもありがとうございます。春菊天、うどん。あっ、ネギ多めですよね?」

私はこの店には通っていたが、そこまでネギ多めオプションを頼むことはしていなかった。このオプションは裏技というか、お店には公にはメニューには無くて、客の誰かが「ネギ多めね!」と言い出したものだと思っている。よく来るお店なので、そういう無料オプションを頼むお客がチラホラ居るのは知っていたが、他人と極力会話したくない自分が注文することはほとんど無かった。
(よほど風邪っぽくて免疫力を上げたい時に、勇気を振り絞って「ネギ多め」オプションを頼んだことはある)

だから、「いつものネギ多めね?」と私に訊いた店員さんは、おそらく私を誰か他のお客と間違えている可能性もあるのだが、そう言われた瞬間、私は「はい、いつもすみません」と答え、常連客の役割を担おうと決心した。

そういうわけでそれ以来、実はうどんより蕎麦派の私だが、そして蕎麦も冷たいもの温かいもの色んなものをチャレンジしたい気持ちを持ってはいるものの、この店に来たら「春菊天ぷらうどん、ネギ多め」を注文するようにしている。

そのことを思い出して「ああ、なるほど」と合点がいった。タイ料理屋さんでもそうだが、お店では「いつものメニューを注文する客」として認識された瞬間、私はそのイメージに合うように行動してしまう傾向があるらしい。

一見するとその行為は窮屈に見える。けれど内心はそれほど嫌ではない。むしろ受け入れられた喜びと、覚悟や責任感を胸に誇らしい気持ちなのだ。

それはまるで、常連客という責務を全うするかのように。

ちなみに、妻にそのことを話したら「めんどくせえ考え方だな」と一蹴された。彼女は、次はガパオを注文するらしい。でも私は、変わらずマッサマンカレーしか頼むつもりはない。なぜならそれが私の責務だからだ。

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