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読む前から傑作に決まっている

なので、購入したのですが、読む前にレビューを書くことにしました。
円城塔『KWAIDAN』(角川)です。ほんとうに傑作だと思います。

そもそもわたしは小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが大好きです。この時点でもう『KWAIDAN』は傑作に決まっています。でも不思議ですね。『怪談』はこれまで読む気がしませんでした。なぜか。これを語るには、ちょっと回り道が必要です。

小泉八雲との出会い方にあるのかなと思います。すこし話がかわりますが、渡辺京二の『逝きし世の面影』というこれまた傑作があります。江戸末期から明治期の日本の姿(逝きし世)を当時のお雇い外国人や外国人旅行者の文章から浮かび上がらせる歴史エッセイです。そのなかでラフカディオ・ハーンこと小泉八雲が紹介され、文章が引用されます。

私と小泉八雲の出会いはそれでした。引用された文章がすばらしかったのです。思わず本を手に取り読んでみたくなりました。(ちなみに『逝きし世の面影』はすごくいい本なので未読の方はオススメです)

ハーンの文章の何に惹かれたのか。一言でいうと異国情緒です。異国に魅せられた人間のため息です。「は~ん」って感じです。冗談ではないです。ほんとにそんなため息をついてしまうくらい、うっとりするような情感にやられてしまうのです。

『逝きし世の面影』を読んだときの状況も影響しています。そのとき私は異国の地方駐在者でした。村落に出かける機会もたくさんありました。本のなかの日本の風景が目の前の異国の風景に重なりました。くらくらしました。どこの国かは聞かないでください(東南アジアとだけ言っておきます)。

お雇い外国人が感動していた日本の姿、美しさに、そのときの私はすっかり感情移入していました。目の前の世界がまさにそのような情緒にあふれていたからです。町並み、自然、風習、言葉の響き、意味、人々の所作、すべて異文化でしたが、私は魅了されていました。私たちが失ってしまった過去、失ってしまった可能性が目の前にあると思いまいた。ここにはすべてがある。私たちにはもうない。でもここにはある! は~ん!――

異国に魅せられた人間のため息をもっと感じたいと思いました。角川ソフィア文庫の池田雅之訳の「新編 日本の面影」「新編 日本の面影2」には大満足でした。そのまま「怪談」を購入したのですが、なぜかページをめくる手が止まってしまいました。まぁ気分の問題かなとあまり気にしませんでした。ラフカディオ・ハーンはとにかく最高だからです。しかし「KWAIDAN」発売のニュースを聞いたときに「これだった~!」と思ったのです。

「怪談」にはあの「は~ん!」が足りなかったのです。異世界にうっとりするようなめまいの感覚が足りなかったのです。そんなバカな。同じハーンじゃないか。なにが違うのか。そうです。言葉だったんです!

私たちはかなしいかな「耳なし芳一」と聞いたときに、強烈な異国情緒は感じないのです。幼い頃にみた「日本昔ばなし」や親から読み聞かされた童話のように、安心して懐かしい気持ちになってしまいます。それは「日本の面影」を読むときとはぜんぜん違います。よく知らない地名やよくわからない習俗に比べて「昔ばなし」は親しみの度合いが段違いなのです。逆にいえば、よくこんな民話が現代まで浸透しているものだと感心します。

じゃあハーンが感じた怪談の異国情緒は何だったのでしょうか。そうです。それが「KWAIDAN」だったのです。なんだクワイダンって! その響き! しかも日本人の奥さまからKWAIDANを聞いてたらしいじゃないですか。なんだそのシチュエーション! エモ! は~ん!

そういえば成田空港でペーパーバックのKWAIDAN売ってたなぁと、いま思い出しました。買えばよかったと思いました。今度チャンスがあったら買います。というかハーンを英語で読むべきだと気付かされました。

ということで、KWAIDANの「ホーイチ・ジ・イヤーレス」や「ダン・ノ・ウラ」といった翻訳は大正解です。円城塔さん素晴らしいです。私はこれを待っていました。傑作です。というか私にとっての円城塔さんの最高傑作はKWAIDANになりました。ありがとうございました。たいせつに読ませて頂きます。


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