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弱さと睦みあう

タイトルはディートリヒ・ボンヘッファーさんがヒトラーの一つのポートレートとして描写した一節。


今、携わっていることで私は「絶対にそうすべき」「しなければならない」という意思が強すぎないか。この自分の特異性によって周囲にいる方々や関連する方々を知らず知らずのうちに「コントロール」しようとしていないかと。

私は「どうするべきか」という基準を明確に持っているので、方向性や筋道を立て、一つづつ進めています。

「何となく」「相手の意向」など「ほかに何かあるかも(漠然とした)」「迷い」など、根拠が明らかではないものは悩む時間を無駄としてくみ取りません。仕事柄、根拠(evidence)がない限り、仕事に取り掛かること(できないし、認められない仕事なので)はありません。

同じ仕事へ携わっている方々はどちらかというと情理が大切な仕事をされてきた方々が大半で「迷わない・情に流されない・極めて合理的に決断」からは対極のスタイル。

ある意味「あいまいさ」「寄り添う」ことが大事な方々なので、何事も明確にする・したい、具体的な根拠を示したりすることは苦手とされているので、私はそのような方々の弱みに付け込んでいないか、他の方々が私と異なる考え方だったり、一生懸命でなかったり、同じベクトルと熱量ではないことにイライラすることのないよう、心しておきたいと思います。



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