理想の暮らし

前回のククク交流会で、「理想の都市」のかたちをしたアクセサリーを製作されている方とお会いしました。それから、わたしの「理想の都市」はどんな形をしているだろうかと考えています。

そこには差別なんてなければいいと思うし、スティグマに苦しむ人もいないといいなと思う。

そんな場所ができるのかは、わからないですけど。

大事なのは多分、「なにか」ではなくて、「どう在ろうとするか」なのではないかなと思います。

先日、Tokyo Rainbow Prideに行きました。大学の友人と一緒にいく予定だったのですが、ククク交流会で知り合った方(先に書いた方とは別のひとです)がお誘いくださったので、友人も含め、その方のお知り合いと5~6人で。

もちろん初めましての方ばかりだったので、自己紹介などしながら見て回っていたのですが、「二人はLGBTのなに?」って聞かれたときに、ちょっと困ってしまいました。

わたしも友人もそういう話をお互いにしたことはないけど、少なくとも私は(わからないなあ)と思っているし、わかる必要もないのかなあと思っています。

アライです、とかクィアです、って答えてしまえばそれで終わりで、別にだからといってどうということはないのだと思いますが、なんとなく、どう答えるのも違和感があって。発話の位置って大切なことだと思うけど、ポジショントークになってしまうのも恐ろしいとおもいます。

結局「いや、二人ともわからないんです、でも興味があって、お互いにそれは知っていたから、一緒に行こうって約束していて」って言いました。

そうしたら、結構オープンに興味持ってるとか言うんだね、私たちの時代では考えられない、とか、色々教えてもらいました。

少しずつでも、変わってきているんだな。それがいいか悪いかは、今はわからないですけど。きっといい方向なんじゃないかなとわたしは思っています。

ただ、変化を嗅ぎ取ることができる人間は少ないんだろうなとも思います。その認識のずれは、結構重要な問題になってしまうのではないかな。わたしもどこかでの変化の匂いは感じられていないんでしょう。そしていつか、今感じている場所の匂いもわからなくなってしまう。

どうにかできるといいのに。世界は、皮膚から10センチの中にしか存在しないんだ、って、漫画家の江野スミさんが作中で言っていました。どうにかしなくちゃいけないのに。きっとみんなでやらなくてはならないのに。

理想の都市があるとするなら、みんながそうやって、顔を持たない誰かのことと、顔を持っている隣の人のことをきちんと見て、考えて生活できるようなところがいいです。
そして、それをすることが、誰かを悲しませることにならないような場所がいい。
あまりにも、理想が高すぎるような気もしますが。
わたしにとっての理想の都市は、きっとかたちを持たないものなのだと思います。

ククク女子会、今月も行きます。次はどんな方に会えるのか、前回お会いした方とまたお話しできるか。とっても楽しみです。

自分自身の「理想の暮らし」っていう、ククク交流会のテーマとはちょっと違った話になってしまった。でも、これもわたしの理想の形です。